Bullet Logic #2
「追ってきた……!撃ってきたー!」
運転席後方に座していた夏海は、首をすくめて体を縮めた。ギャングの撃った弾丸が飛ぶ中、ポールは助手席からM16で背後に向かって撃ち返していた。そして、コルトM1911を渡した夏海がいっこうにそれを使わず、かえってオロオロしている様子に思わず叫んだ。
「シュニー!あなたも撃ち返してくれ!」
「だ、でも……分かった!文句つけないでよ!」
夏海は口を尖らせながらそう言って窓を開け、手渡されていたコルトで反撃を始めたのだが、不承不承といった様子だった。そのせいか、夏海の撃った弾丸はギャングに当たる気配がなかった。ポールはそれでも撃たないよりはマシだと撃ち続けた。
ギャングの乗ったバイクがポールの横に着いてハンドガンを向けたが、それをとっさに銃床で殴りつけた。ギャングはバランスを崩して転び、車の後ろへ消え去った。
夏海はそんな事を見る暇なく、次々に迫ってくるギャングの車両に向かって撃ち続けた。
エドガーはそんな中を後部座席から身を乗り出してきて尋ねた。
「ねえ!メリーの情報はどうやって手に入れたの?」
実に騒がしい中、どうにか聞き取ったポールは、銃撃音とエンジン音にかき消されないように大声で答えた。
「懇意の情報屋がいる!時間が足らず、詳細までは集めきれなかったんだが!」
手に持ったアサルトライフルが弾切れを教えてきたので、ポールは助手席に座り直し装填した。
「メリーを捜すにはどうしたらいい?」
エドガーは、ポールの落ち着いて慣れた手つきを見て関心する余裕も見せないで食い下がった。
「正気か?この状況で!」
必死に障害物などを躱しながら運転するアンジェロが叫んでハンドルを切った。夏海がその動きで座席の上にひっくり返った。エドガーはグッと堪えて倒れまいとした。アンジェロがハンドルを切ったそのままの勢いで車は広場を通過し、ギャング団の車両がその後を追った。
舗装の劣化した道を跳ねながら進む車内では、誰もが姿勢を保とうとしている。舌を噛みそうになりながらもエドガーが叫ぶ。
「本気だ!メリーが生きている!何でためらうんだ!」
エドガーの必死で血走った目と合うと、ポールは睨まれた。誰もその様子に反論できず、車内には一時の沈黙が降りた。走行音と跳弾の音がやけにはっきりと聞こえた。
沈黙を破ったのはポールだった。アンジェロが前方の車両を追い抜いたタイミングで、銃声の響く中、再びM16を構えて撃ち始めた。
「AJ!俺よりも詳しいだろ?」
銃声に負けないように叫ぶ。車は町角を右に左に蛇行しながら線路に差し掛かろうとしている。踏切に遮断機の音が鳴り響き始めていた。アンジェロは踏切を目指してハンドルを再び切った。
「兄弟!神はすべてを益に変えてくださる!俺の恥ずべき過去が人助けになるとは!」
そう叫ぶとアクセルを踏み込み、遮断機が降り始めた踏切へ飛ぶように走り込み通過した。ギャングの車両が真似して踏切に飛び込んだが、列車が通過する方が早かった。すさまじい音と火花、車の破片がそこら中に飛び散った。
◯
踏切に向かうパトカーのサイレンが空に響く中、アンジェロの運転する車はマフィア事務所を望むオフィス街の通りに止まった。サイドブレーキを引き、ギアをパーキングに入れると、アンジェロはエドガーへ振り向いた。
「ショー、俺はマフィアの用心棒だった。だが、そこから抜け出した。神の憐れみだ」
そう言って胸の前で十字を切った。一息つき、続ける。
「場所は違えども、やることは似ている。商品取引の目録が、必ずあるはずだ」
確信した目で同意を求めてポールを見るが、エドガーは疑わしそうにマフィア事務所に目を向けた。
「だけど、どうやって見つけるの?情報屋も無理だったのに?」
アンジェロの確信をまるで信用できないといった風に視線を移す。その視線をものともせず、アンジェロは事務所の方角を指差す。エドガーがその先を辿ると、マフィア事務所の裏、路地に面した扉からマフィアの男が出てくるところだった。
「忍び込む」
男は書類を脇に挟み荷物を抱えている。その荷物を停めてあったトラックに積み込むと、書類を開き、何やら書き込んだ。
「あれが目録だろう」
書類を閉じて脇にしまう男を見ながら、アンジェロはベレッタの作動を確認した。エドガーが男を見ようと身を乗り出そうとするのをポールが止める。
「パソコン上で確認できる目録はすべて合法だった。が、どうやらそれらは暗号だ。時間が無く解読できなかった。ただ、解読法を記した書類があって、荷物を用意する際は一緒に動かしている事は分かった」
そう言いながらもポールの手はM16の作動確認と残弾数確認に余念が無かった。
「それがあれ?」
「ああ……まて、どこに行く?」
エドガーが扉を開けたので、慌ててポールが呼び止めた。エドガーは何でも無い、というようにポールを見た。
「書類を取りに行く」
「待て待て待て、危険だ、行かせない」
「簡単だ。あいつをのして、書類を取る。それだけ。ね、主任?」
そう言って遊園地に行くのを楽しみする子供のように、にっこりと夏海に笑いかけた。コルトを握りなおして夏海は苦笑いを返す。
「それ、私がするの前提?」
「依頼人にそんな危険なことをさせるはずないだろう!」
声を荒げてポールがエドガーの肩をつかんだ。
「ここまで散々撃たれてるのに、書類を取りに行くのが危険?書類をパッと見て、サッと解読する。時間はかけない」
つと座った目で見つめて答えられると、なかなか迫力があった。ポールは助けを求めて夏海を見た。夏海はコルトの銃身を爪で弾きながら肩をすくめた。
「少年がやる、と言ったらできる。残念ながら」
ポールはヘッドレストに後頭部を打ち付けるようにして天を仰いだ。
「……3分待てるか?」
観念したような気持ちがにじみ出ている声だった。
「大丈夫さ兄弟。マリア様も守ってくれる」
「AJ、彼女はただの主婦だ。カナの婚礼を知らないのか?ジーザスが……いや、後にしよう」
M16を膝に置くと、ポールは手を組んで目を閉じ、頭を垂れて動かなくなった。突如訪れた沈黙にエドガーと夏海は困惑して顔を見合わせる。どうすべきかと見ると、運転席のアンジェロは胸の前で十字を切り、ベレッタに口づけしていた。
エドガーはいらついた様子で窓の外を見た。路地にいたマフィアの男が、ちょうどドアロックを解除して扉の向こうに消えていく所だった。目をこらすと、どうやら地下に繋がっているようだった。
それを見ていたかのように、ポールは微かに口元を動かすと、顔を上げた。
「行こうか」
◯
路地に面しているにしては似つかわしくないようなドアロックの付いた扉横にアンジェロが張り付いた。その様子を見て、ポールが夏海とエドガーに合図する。2人が道を横切って路地にたどり着く頃には、ポールもすぐ後ろに追いついた。
ドアロックをどうしようかとアンジェロが戸惑っていると、何食わぬ顔でエドガーがロックを解除した。
アンジェロは肩をすくめてベレッタを構えると静かに扉の向こうへ駆け込んだ。階段を下りきり、左右の確認を行い、壁に張り付き、その横を夏海とエドガーが小走りに、しかし静かに付いた。
アンジェロは角から顔を出し、そこが地下室で、棚に陳列された大量の違法武器、火薬、密造酒、梱包された粉があること以外誰も居ないのを確認した。身をかがめて棚の間に歩を進める。
それを見て、夏海が壁から身を離し、通路を横切ってアンジェロに続こうとした。
「おい、誰だ?」
誰も居ないはずの地下室で、ひょっこりと棚から通路に出てきた男に見つかった。さきほどのマフィアの男だ。夏海はとっさにハイキックを繰り出した。何も身構えていなかった男に決まり、後ろに倒れ込んだ。派手な音がしなかったのは、エドガーが男の背後に回り込み、静かに地面に下ろしたからだ。
「お見事」
ポールがエドガーに小声で言うと、それを聞いていないかのように、エドガーは男の服を探って舌打ちした。
「ない」
目録のことだ、と察しの付いたポールは、周りを見て、男の来た方向を指差した。
「あそこじゃないか?」
4人が降りてきたのとは別の階段があった。アンジェロが素早く先行して、階段を上った。階段の上部には扉があり、その向こうには人の行き交う気配がした。アンジェロはそっと扉に耳を当て、向こう側がどうなっているのかを行き交う音で推測した。
「この先は多分、本館に出ちまうぞ」
小声で階段下にいて警戒を続けるポールに伝えるのと、足音が向かってくるのとは同時だった。アンジェロがとっさにドアノブをつかむのと、まさに扉を誰かが開けようとするのとは間がなかった。
「なんだ?開かないぞ?」
扉の向こうでいぶかしげな男の声がして、ガチャガチャとノブを動かされた。アンジェロはポールを見た。ポールは扉に向けてM16を構えると、指で静かにカウントダウンした。
(3.2.1)
1……と指を折り曲げるのを見てアンジェロがノブから手を離して身を引いた。渾身の力を込めて扉を押し込んだマフィアの男が、その勢いのままにアンジェロに足を払われ、悲鳴を上げながら階段を転げ落ちていった。その男の後ろにいた男とアンジェロの目が合う。
「カチコミだ!」
男が懐に手を入れてハンドガンを抜いたのを、反射的にアンジェロが撃った。それでマフィアの事務所が蜂の巣をつついたような騒ぎになるには、十分だった。
扉と壁の間に倒れた男を飛び越えて、アンジェロはロビーの柱に走り込み身を隠した。一気に階段を駆け上がってきたポールが、反撃しようとオフィスから飛び出てきたマフィアに向かって発砲し、それを援護をする。その後ろから夏海が、地下室前のデスクにある書類を見て、動きが鈍ったエドガーを引きずって柱に向かう。
「あれだ!目録!」
夏海にデスクから引き剥がされたままにその方向を指差してエドガーが叫ぶ。
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