「静香の世界」
静香は最初、何を言われているのか、把握できなかった。
わいわい、がやがや。
そして静香は静香という名前からして、本当に静かな女子だった。
(何せ丑年だもんね、遅いよねぇ、が母の口癖なくらいだ)
そこは夜の混沌とした、同窓会という名の飲み会の席でのことだったのだ。
わいわい、がやがや。
「お前その歳で彼氏もいねーのかよ笑」
そう、静香の脳内にやっとその意味が届いた時には遅かりし、なんちゃらやで、当の発言者は他のグループのもとで子供の可愛さを語り合っていた。冷静にいって、その男は単なる馬鹿、のように見えた。
静香の脳内で意味が届き、思考に転じ、心の底へたどり着いた時に、やっと、静香は口を開いた。
「はあ??」
衝動的にでたのかもしれないその一言は周りにいた何人かの同級生をぎょっとさせる。え、どしたん、しずか?
タイムラグが長すぎて、誰もその一言の意味がわからない。
わいわい、がやがや。
思い起こせば静香だって彼氏ぐらいいたのだ。しかし、その彼氏という名の男は、映画館で映画観た後に、感想よりも先に「きみ、オレの金でポップコーン食べたかったんでしょ?」と発言し、クソ野郎だな、と静香は別れたのであった。
周りを見渡す静香。あれ?あいつもこいつもあの子もこの子も結婚しているし、なんなら子供の話に花を咲かせている。別にどうってことはなかった、その、あの、無神経な発言の前は。
急に焦り始めた静香は、あ、やべ、もう帰ろうと決意した。憧れだった佐山君もただのデブになっちゃってたし、期待してたことは全部泡となったこの飲み会にいる意味はなかった。
なかったどころか、早急に対処しなければいけない問題が目の前にある気がした。
帰りの電車でも、なんどもなんどもあの発言を反芻していた。しかし、じゃあどうするとも出来なかった。
部屋の鍵をあける。
服を部屋着に着替えて、ベッドの横になだれこんだ。母に電話しようか悩んだが、どうせ気にするな程度のことを言われるのがわかっていた。
あんたは丑年なんだから。
静香はゆっくり考えた。
彼氏、が、いねーのかよ、が、問題じゃないんだよな、と。
だって、楽しいもの、毎日。
ただ、なんで?なんでこんなに、人格すらもその第三者の彼氏の有無で、否定されたり肯定されたりする気がするのかな、と。
さらに言えば、子供、である。彼氏、結婚、子供、老後?
妊娠、育児、PTA、受験、あれ?
こんなにまだまだカードゲームみたいに出さなきゃいけないの?しかも1人でできないことかよ。
静香は悲しくなった。
誰だろう?この圧力のような、そしていつこのわけわからん相手と試合しなきゃいけなくなったんだよ、と。
静香は結論を出そうとした。
でも、今現在この気持ちの結論を出せる者がいたらノーベル賞をあげられるよ、と放棄した。
そして、じっと、カーテンと電気スタンドを見つめながら、動けずにいた。静香はずっと、ずっと、動けない。朝がくるまで。
この、戦争のない、日本という国にある、小さなアパートの一室で、静香は涙することなく、朝がくるのをまっていた。
小さな静香の世界は、混沌としたままだった。
終わり。
※フィクションです。
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