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有効期限のないここだけの話

「ねえ聞いて!真奈美ね、ここだけの話、カレシできたんだよね。同じクラスの大地君。親友だから教えてあげる。でも公表してないから絶対誰にも言わないで。カレシと内緒の付き合いって相談して決めたから」

同じ団地に住む真奈美との帰り道、交際宣言を受けた。真奈美と大地君は5年1組で、わたしは3組。学校の規則で他のクラスの教室に入ることは禁止されている。だから真奈美が大地君と上手くいっていることをつゆも知らなかった。大地君はムードメーカーという言葉を擬人化したような性格で、サッカー部に属していて、皆の前で先生に怒られていてもへっちゃらな顔をしている子だった。クラスも部活も違うわたしでもこれくらい知っている大地君は顔が広いのだ。将来には芸人になるのだろうか、毎日廊下でそんなの関係ねえと連呼している。

そんな大地君と、親友の真奈美が付き合うことになったのには驚かずにいられなかった。確かに真奈美はかわいいし、1軍男子と対等に話せるような性格だけれども。ただ、去年まで野球部の陽一くんと大々的に付き合っていたし、別れた時は泣きながらうちに来て恋愛はコリゴリと訴えていたのに。恋愛至上主義の真奈美に振り回されてばっかりだ。

真奈美は何枚か小さく折られた紙を自慢気に見せてきた。
「これ今週大地君からもらった手紙。ああ見えて意外とかわいいんだよ。サッカーしてる時とのギャップが半端なくて好き。」
運動部マジックにひっかかったらしい。男子サッカー部なんて、あらかじめ約束していた夏祭りに浴衣で着飾って行っても、急にドタキャンかますような連中なのに。まあ坊主の野球部よりは数倍マシかな、そんな風に考えながら惚気を聞き流す。

「ねえなんで公表しないの?」素朴な疑問を投げかける。
「だって前のカレシの時はクラス外まで広まっちゃったし。野球部の親達にも知られてて何か気分悪かったっていうか。確かにクラス公認カップルっていうのは初めのうちは良かったけど、いちいちヒューヒュー言われるのとか、別れた時噂が一瞬で広まるのとか正直嫌なことの方が多かったもん」
なるほど公認であれば、付き合ってから別れるまでの一部始終を誰かに見られているものなんだ。放送されない身近な恋愛リアリティショーってことね。
「じゃあ真奈美の秘密、ウチがしっかり守るね。内緒にしておく、指切りげんまんしよ」
『指切りげんまん、うそついたら針千本飲ます、指切った』
針は1本だって飲みたくないからしっかりと約束を守らなくちゃ。固く結んだ口を閉じたままにして。
「大地君本人にも言っちゃだめだからね。親友だから教えたってなると大地君も親友の駿君に教えなきゃいけないし。大地君って、あんたのカレシの駿君と仲いいけど教えちゃだめだからね。大地君が駿君に教える前に女子サイドから聞いたってなるとめんどいから」
おっしゃるとおりである。真奈美とわたしの2人だけの秘密、友情にかけても守り抜くから。針も飲みたくないしね。
「大丈夫、駿君にも誰にも言わない。」

真奈美と一緒に団地まで帰ると、ランドセルを降ろし手提げ袋を持ち直し、駿君の家に向かう。駿君のお母さんは東京の有名な音楽大学を出ていて、地元の子どもたちにピアノ教室をお家でひらいている。わたしも例にもれず駿君のお家に通う生徒のひとり。ただ他の子と違って、駿君のお母さん公認の彼女をやらせてもらっている。少し天狗になると同時に地元の大会には他の子たちを差し置いて出場したい。先生はよく駿君がピアノそっちのけでサッカーの練習に行くのを残念がっていた。だからわたしは駿君の代わりに練習を頑張って上手く弾けるようになりたいのだ。それでコンテストに出て、優秀賞を持ち帰り、駿君のお家に飾りたい。レッスンの45分が終わっても居残り練習をしていると、駿君がサッカー部から帰ってくる。汗だくになって土で汚れたユニフォームは努力の証のように輝いて見えた。

「部活お疲れ、なんかなかった?」そっと真奈美と大地君が付き合った話を聞いているのか探りを入れてみた。
「リフティング過去最高記録出した!自己ベスト!次の試合前に相手チームに見せびらかしてやるんだ」
真奈美と大地君のこと、知らないのか、こちらも秘密にしているのか。
「すごいね、むっちゃ練習してたもんね。週末の練習試合、また真奈美と観にいってもいい?」
「いいよ、でも毎回観に来る真奈美ちゃんはサッカー好きなの?」
真奈美はサッカーの細かいルール知らないし、大地君を見てるだけだよ。あんなにも熱心に大地君の一挙手一投足に熱い視線を向けているのに気づかないの。ーーーきっと大地君は駿君に付き合ったことを話していない、そう確信した。
「野球よりはルール簡単だからじゃないかな?」
「少年サッカーだからルールも曖昧で、プロは厳しいんだよ。オフサイドとかいろいろあってーーー」
サッカーのルールなんて説明しなくていい。私が聞きたいのは世界のサッカー事情でも有名選手の神がかったプレーでもなく、大地君の口から何か聞いていないかだけなのに。駿君から2人が付き合い始めたことを聞き出さないと、わたしはいつまで経っても真奈美との指切りげんまんの約束を遂行しなくちゃいけない。言いたいのに喉に針がつっかえて言葉を止める。結局、真奈美と大地君の話は一切せずに家に帰ることになった。

翌朝、団地の集合場所に行くと、瞼の閉じかかった真奈美がコクリコクリと船を漕いでいた。
「おはよう、眠いの?」体調が悪いのかなと思い、たずねる。
「昨日クッキー焼いてて、気づいたら寝なきゃいけない時間過ぎちゃった。」
「クッキー?バレンタインでもないのになんで?」
「大地君に渡そうと思って。放課後になると給食おかわりしてもお腹すくって言ってたから作ってあげたの。内緒だよ、先生にも誰にも。」
そう言って真奈美は照れ笑いしながらちょっと焦げた余り物のクッキーをくれた。
「ありがとう。去年バレンタインでお菓子持ち込んだのバレて担任に怒られたから、一回持ち帰るね。先行ってて。」
ダッシュでクッキーを持ち帰り、ママに渡して登校した。

給食の時間はいつも憂鬱だった。忍たま乱太郎の食堂のおばちゃんのセリフをそっくりそのまま唱える先生が担任だったから。「お残しは許しまへんで!」と毎回言われる。あらかじめ少量にしていたご飯がいつまでたっても飲み込めない。月水金はお米の日だったので、牛乳との食べ合わせが不味すぎてゴックンできない。リスのように口いっぱいに米と牛乳を詰め込んでトイレに行き、便器に向かって吐き出す。残すのを許さない先生は見て見ぬフリをしていた。胃に入れなくても便所に吐けば残したことにならないらしい。ご都合主義が過ぎるでしょ。こんなに一生懸命吐いてる自分がいる一方で、大地君は休んだ子の給食をたべてもなお放課後にはお腹が減るんだなあ。

6限が終わって部活動をしていない真奈美と帰る。
「大地君、クッキー喜んでくれた?」もう食べきってしまったのかなと予想しながらたずねる。
「先生に見つかっちゃた」
「まじで?じゃあ渡せてないの?」
「渡せてない」哀し気な真奈美の手には朝見たのと同じハート形のクッキーがちょこんと座っていた。
「ドンマイ。めざといもんね、真奈美の担任。でも没収されなかっただけいいじゃん。バレンタインの時は全員没収されて学年集会で説教されたんだから」
「そうかも。あの時よりはマシだよね、一緒に食べながら帰ろう。半分こ」
真奈美はハート形のクッキーを半分に割ってわたしの口に突っ込んだ。もごもごしながら渡さなくて正解だと思った。カントリーマアムよりしけっていたから正直美味しいとは言えない。もっと乾燥させなきゃ。
「そういえば、まだ付き合ってること内緒にしてるの?昨日駿君と話したけど、バレてなさそうだったから気になって」
「昨日の今日だよ、秘密にしてる。あんた誰にも言ってないでしょうね?」
「もちろん誰にも、駿君にも」
「それなら良かった、指切りしたもんね」

家に帰ると今朝もらったクッキーがダイニングテーブルの上に置かれていた。もう食べる気はしなかったが、歪なハート形が可愛くてじっと見ているうちに疑問が浮かんだ。
なんで真奈美のクッキーは没収されていないの?学年集会もなかったし、帰りの会で注意されてもいない。バレンタインの時はあんなにもおおごとになったのに。
もしかして秘密で付き合っているから、クラスの男子の中心にいる大地君にこっそり渡せなかったのかな。それなら親友のわたしに本当のことを言って欲しかったな。そしたらこっそり渡せるような作戦を一緒に練れるのに。真実を話してくれるまでは少し時間を置こう、真奈美はああ見えてすごく繊細だし。

交際宣言から1ヶ月が過ぎても、真奈美と大地君はその秘密を抱えたままだった。カレシの駿君からも2人の事は聞いていないので徹底的に隠しているらしかった。駿君の性格上、そんな話を聞けばスピーカーの如く言いふらすに決まっている。何より私たちの間には隠し事なんてないんだから。

ベッド脇に配置したローテーブルには、真奈美とのプリクラをシールみたいに張り付けている。おソロコーデしたプリ、初めて化粧をした日のプリ、ハリーポッターを観に行った時にその辺の木の枝を魔法の杖に模してポーズをキメたプリ。それらを見て4人でイオンに行ってプリクラを撮る夢を見た。ダブルデートはカレシとも親友とも一緒にいれるから楽しさが二倍になるのかな。

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あれから10年たった今、わたしはダブルデートをしたことがない。真奈美と大地君は本当に付き合っていたのだろうか。2人ともどこでどう暮らしているのか分からない。確かめる術もない。ネットで検索する。『彼氏 彼女がいることを言わない』検索結果にはネガティブな理由が多い。セフレとしか見ていないから、男友達に見せられる顔じゃないから、別れた時に周りにとやかく言われないため。いろいろな理由があった。逆に『彼女 彼氏がいることを言わない』で検索してみる。知恵袋には、彼女を他の男に取られたくないからというポジティブな理由が並んでいた。

真奈美と大地君の間のことは分からないけれど、ネガティブな理由なんじゃないかと勘繰って、今更思い出してしまうのはさすがに未練がましい。ただ、真奈美とのここだけの話はまだ誰にも喋っていない。この文章に残すまでは。秘密保持契約書の有効期限は2~3年程度というけれど、元親友との約束を破ってしまった。本当に申し訳ない。そろそろ針を千本用意しなくちゃ。

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