SEOライターを辞めてから
無知な私はSEOライターを楽しく好きなことが書ける職業だと考えていた。何も調べずに面接を受けた大手IT企業のWEBライター。ライターって言葉に途方もなく大きな夢と希望を託していた。自分の書いた記事がGoogleで上位に表示されて、たくさんの人が内面から出た1文字・1文章を嚙み締めてくれる。そんな馬鹿げた夢を見ながら入社した。
1記事目は好きなものを書かせてもらった。履歴書の趣味の欄に『映画』と書いたからだろうか。
「好きな映画5選で記事を作ってそこにU-NEXTのアフィリエイトリンクを貼ろうか?」と上司は提案した。
『泣けるロマンス映画』というキーワードで1位を獲得した。1年以上、アフィリエイトリンクがなくなった作品の記事だが首位を譲る気はなかった。何度もプライベートブラウザでキーワードを検索してはGoogle検索の上位にいる自分の記事を見てほくそ笑んだ。Googleが「ユーザーが喜んでくれる記事」として記事をトップに表示させてくれているのが嬉しくてたまらなかった。
好きな記事が書けるのはその1本だけで、他は与えられたキーワードでサービスや商品を紹介することになった。会社からお金をもらっている訳で自分の一存でキーワードを選べないことに気づいたのは2記事目からだった。次に提示されたキーワードはとあるゲームアプリの宣伝文だった。しかも三国志の。
三国志系のスマホゲームはアフィリエイトの成果報酬が高く、インストール率が高いからといった理由で。何十種類のゲーム紹介文を書いたことだろうか。そもそもゲームにも三国志にも興味のない私には退屈な作業だった。文章というよりかは安っぽいキャッチコピーを並べてゲーム内容を分かったようにお勧めするのは骨が折れた。好きでもないものを誇張しまくった文章には嫌な脂肪がくっついているように感じ、愛せなかった。
次にグラビアアイドルのゴーストライターをすることになった。グラビアアイドルが好きな漫画を紹介していく文章。これは知名度の高い彼女たちが書いた文章を修正していく作業だった。修正ならばゴーストライトではないかと思われるかもしれないから訂正しておく。彼女(たまに男性アイドル)の提出してくる文章は意味をなしていなかった。誤字脱字のレベルではなく、主語がなかったり、1センテンスが400文字あったりする代物。義務教育の退廃を感じた瞬間が何度訪れたことだろう。頭にかけるリソースが豊満な乳にすべて流れ込んだんんじゃないかと思わせてくれた。好きな漫画紹介で主人公の名前の漢字が正しく読めずにいる彼女たちに幾何の同情を抱えた。正しい文字、文章にゴーストライトして提出した。しかし記事のビュー数は大して変わらなかった。そもそも彼女たちのファンは写真があれば良いのだ。はじめに言葉ありきなんてフレーズはいとも簡単に散っていった。
ゴーストライトの作業に疲れたライターを見かねて振られた仕事はポイ活関連の記事作成だった。ポイ活アプリとは、歩いたりショッピングをしたりするだけでポイントが貯まったり、お金がもらえたりするサービスのことだ。アフィリエイトも高く美味しい案件だった。どのサービスでも書いた記事は1位あるいは上位を獲った。出来がいいとGoogleにも会社にも認められたが、悪徳まがいのサービスを単価が良いと言うだけであたかも常用しているように嘯くのに嫌気が刺すのに時間はかからなかった。
WEBライターという職は、文字を通して強烈に何かを伝えたい人間には向いていない職業だと時間をかけて学んだ。ただこの事実を自分の中で真実にしたくなくて、ただただ順位と売り上げを更新して目を閉ざしていた。
盛者必衰とは上手く言ったことでGoogleのSEOアップロードで私たちの書いた記事は順位が落ちはじめた。規則にのっとり書いていた記事がGoogleの尺度で一度に破かれた。同時にSEOライターこそ夢のような仕事だと考えていた自分の盲目信者っぷりが露呈し希望も同時に敗れた。検索窓から遠い海底に沈んでいった息ができない記事を見るには、読み返すには、感情を無にするしかなかった。
本当に書きたかった記事はこんなものじゃない。もう一度『泣けるロマンス映画』という初めて書いた記事を検索し、順位を確認した。Googleのアップデートにも左右されずに私の記事はトップにあった。心を込めて時間をかけて「失恋をした人に、恋に迷っている人に向けて」書いた記事は、堂々と検索窓の下に居座っていた。アフィリエイトリンクもなくなった配信サービスはいわば時代遅れ。新しく人気のある映画を追加していない、何も弄っていない記事はまだ息を保っていた。
何かを検索窓に打ち込むと、馬鹿の一つ覚えのように同じような記事が出て来る。2ページ目も3ページ目も変わりはない。読み手もいない。死んでいった記事とその中の文章はただただそこにあるだけの存在。きっと今ではchatGPTが台頭してそんな息をしたことすらない記事がわんさかあることだろう。
どうでもいいことを誰でも発信できる今、もう機械的に文字を書く人間はいらないのかもしれない。それでも書きたい人だけ、書きたいことを自分の指でネットの海に放り投げれば良い。
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