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名前を付けて保存

 肛門に違和感を覚え、風呂で尻を洗っていると指先に真珠のような滑らかな触感とともに僅かな痛みが走った。いぼ痔という言葉が浮かんだ。その翌日には北のミサイルが発射された。俺が肛門に真珠を見つけた時、首相はその動向を見守るべく官邸に泊まっていたかもしれない。
 これが本当にいぼ痔であるのかは知らない。今のところ真珠と呼ぶことにする。なによりはじめてのことなのだ。肛門の指の届くエリアに滑らかな異物が存在する。いぼ、おでき、ふきでもの、しこり、腫瘍。それが俺の組織からなる隆起物であることは確かだ。腫瘍という言葉が浮かんでふと不安になる。良性、悪性、肛門に悪性腫瘍ができることなんてあるのかしら。
 いぼ痔と検索すれば気に入った情報に頼ってそれをそれと納得させることができるかもしれない。病院に行けば病名が確定して俺は患者として治療を受けることができるだろう。センセイとは名前を確定することができるニンゲンのことを言う。
 小学生時分の嫌な記憶がある。担任のセンセイにとって、俺のされている行為はいじめだった。俺はどこか抜けていたのかもしれない。最近の言い方をすれば発達障害かしら。当時、そんな障害はこの国の社会に浸透していなかった。少なくともセンセイは俺に発達障害という名前をつかうことはなく、俺はいじめられっ子に分類された。それによってまわりが多少気を遣うようになったような気もする。俺自身いじめられっ子という認識が薄かったから、正直なところセンセイが名付けたことによる効果はあまり実感していなかった。グレーゾーンのいじめられっ子がクラスにいる。センセイは先手必勝を狙ったのだろう。俺をいじめている親分格とされたのは、恐らくテツヲ(仮)とヤマヂ(仮)。そのほかにも二人に追従するやつらや一歩引いて笑っている不特定多数がいたから、そいつらにいじめっ子という名前がつけられることはなかった。テツヲなんかとは放課後二人きりで遊んだりすることもあったんだよ。あいつの家に遊びに行けば派手なお母さんがお菓子をもって出迎えてくれる。テツヲはいつまでもお母さんのことをママと呼んだ。あの時、名前が付いたのは俺だけ。俺をいじめられっ子と認定したセンセイの顔を覚えている。
 思考は散文的で、頭の中にいくつものレイヤーが出来上がる。俺は一体何を考えていたのか。北のミサイルが日米の軍事ビジネス発展させるためのドラマトゥルギーだというお話だったかしら。肛門の真珠が疼くから今日のところはペンを置く。否、名前を付けて保存する。

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