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人生色々


祖母の体験談。




今年で八十五歳を迎える祖母がいる。 


底抜けに明るくお喋り好きな人で、正月などに顔を合わせると、とにかく喋りまくり、
酒が入るとなおのことエンジンが掛かる。


ただ困ったことに祖母は老人特有の「三分前と同じ事を繰り返し話す」という小技を多用してくるので、
僕は愛を込めて「壊れたスピーカー」と呼んでいる。


三分毎に「しゃあかて、人生は色々やなぁ…」と、さも始めて口に出すみたいにしみじみと呟くのだ。
僕も「何回言うんや…」とうんざりはするが退屈することはない。
この前は兄が面白がって一日で何回そのセリフを言うのか数えていた。



そんな壊れたスピーカーは不思議な体験をする事が昔から多く、
僕のような怪談好きが喜ぶ興味深いエピソードを多数持っている。



その中で僕が覚えている祖母の体験談を紹介したい。







ある日不思議な夢を見た。




夢の中で、祖母は自宅のソファーに座りテレビをぼんやり見ている。

なんとなく背後にあるキッチンへ目をやると、キッチン脇にある裏口のドアがガチャリと開く。



そこから何年も前に亡くなったはずの祖母の弟が入って来たという。



ただ、その弟の顔を見てギョッとする。




右側半分だけが、まるで大きな火傷を負ったみたいに爛れているのだ。


祖母が驚いて固まっていると、


「熱い…熱い…」


弟が無表情のままうわ言のように繰り返す。


その姿をソファーからじっと見つめていると、いつの間にか夢から覚めている。





こんな夢を、三日程続けざまに見たらしい。






妙な胸騒ぎを覚えた祖母は、亡くなった弟の奥さんに久しぶりに電話を掛けてみた。


近況報告も早々に、見た夢の内容を伝えると、弟の奥さんが「あっ…」と声を出し、「ちょっと待ってて!」と電話口を離れていく。
しばらくして戻ってきたかと思うと「原因が分かった」と興奮気味に話す。



奥さんが電話を置き、仏間に仏壇を確認しに行くと、置いてある旦那の位牌、そこにもたれ掛かるようにして火のついた線香が倒れていた。
それがちょうど位牌の右側上半分に当たり、その部分だけ溶けてしまっていたのだという。




話を聞いた祖母は、夢の中で弟が言っていた「熱い」という言葉の意味を理解し、妙に納得したのだという。




顔も知らない祖母の弟は、面倒見の良かった姉ならなんとかしてくれると思い、夢の中で助けを求めたのかもしれない。



生前の関係性も感じ取れるような、味わい深いエピソードだ。







こんな話をたくさんしてくれる祖母と僕の間には一つの約束がある。
祖母が死んだら怪談好きの僕の枕元に立ち、自ら幽霊として存在を肯定してくれるというのだ。

死後初めて祖母と果たされる(かもしれない)約束。

僕らはお互い、再会のその瞬間を今から楽しみにしている。




死してなお、楽しみがあるというのは素晴らしいことだ。

枕元に立ったあかつきには、きっと祖母はいつもの明るい声で「しゃあかて、人生は色々やなぁ…」としみじみ呟いてくれるのだろう。











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