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ナスビカー


六甲山にまつわる体験談。




体験者である瀬野さんは若い頃、
地元ではかなり名の通っていた暴走族に所属していた。
気の赴くまま毎晩市内を仲間とバイクに乗り、暴走行為を繰り返していたそうだ。


二十代になり車の免許を取るとチームを卒業し、それまで相棒としていた改造バイクを後輩に譲った。
自分はというと車に興味が移り、同じくチームを既に卒業していた先輩にボロ車を格安で譲ってもらったという。
それからはそのボロ車の車体を限界まで低くし、ド派手なカラーリングを施して、いかに仲間に自慢するか、といことに躍起になったという。



狂気じみた真紫でラメの入ったカラーリングだったようで、さながら深夜の国道を巨大な茄子が低音を響かせながら走る、という異様な光景だったことが想像できる。


当時の車の写真を見せてもらったが、よくまぁこんな毒々しい色の車に乗っていたもんだな、と驚愕した。「テカテカの茄子」としか形容出来ないようなクソださい仕様だった。



しかし話を聞かせて貰っている手前僕は、
「めちゃカッケーすね!すごい紫ッ!!すごい紫ッ!!」
という意味不明なおべっかを使わざるを得なかった。

瀬野さんはというと、まんざらでも無さそうで、恥ずかしそうに笑っていた。








そんな瀬野さんはある年の夏、最近出来た彼女を紹介するために、いつもの仲間二人と深夜たまり場に集まっていたそうだ。
しばらく喋っているとそのうちの一人が「夏やし、肝試しに行こう」と提案した。
当時はまだ市街地を離れると廃墟なども多く、車で移動すればすぐに向かうことが出来たので、
「ドライブがてら今から行こうや」という事になり、瀬野さん自慢のナスビカーで、近くの廃墟スポットに向かうことにした。





深夜の六甲山をクネクネと進み、程なくして目的地に到着する。

友人いわく、「何かわからんけど、何かが出る」という噂すら曖昧な、心霊スポットとも呼びづらい場所だった。




近くまで行き車を停め四人で建物の前に立つ。
六階建ての構造になっており、所々の割れた窓から中の暗闇が覗く。
入口はないか?と探してみると、一階のちょうど正面入口らしき場所が一枚分のドアを失くし、ぽっかり空洞になっている。

友人が「ここから入れるやん」と手持ちの携帯用懐中電灯で中を照らしながら先導する。



入ってみると、以前訪れた他のヤンキーの仕業だろうか、そこそこ綺麗だった外観とは裏腹に中は酷く荒らされていたそうだ。



瀬野さんは彼女を連れているので、彼女の手を引き注意しながら、友人二人に続いた。


一階の真ん中辺りにはメイン階段があり、それを使い四人で二階、三階と探索を進めていく。

最終的に六階まで上がり、フロアに足を踏み入れた瞬間、強い違和感に襲われたという。


寒い。


六階だけ異様に寒いのだ。
真夏の深夜帯、山の中とはいえこのフロアだけ、明らかに寒い。


見ると他の三人共、肩を擦っている。



とはいえせっかく六階まで上がった事やし、とそのまま探索を続けることにした。


廊下の端、一番突き当たりの部屋に四人で入ると、またも妙な感覚に襲われる。


誰もいないはずなのに、その部屋の中にだけたくさんの人の気配がするのだ。
まるで透明人間が部屋中にギュウギュウに押し込まれているような気配。

四人とも肌で感じる異様な空気に、誰も口を開かず立ち尽くしたという。



呆然としていると、誰もいないその空間からボソボソと囁くような声が聞こえてくる。
まるでたくさんの人が囁きあっているような声。
その声が自分たちに向かって、どんどんと大きくなってくる。

あっという間に囁き声は大勢の怒号に変わり、四人に浴びせかけられる。


動けない。




瀬野さんがいち早く我に返り「あかん、いこう」と彼女の手を引く。

それをきっかけに四人全員が、一斉にワッ!と叫びながら来た道を走り出した。


瀬野さんは一番後ろから前の三人に続く。
あまりの恐怖に後ろを振り向くことが出来ない。
廊下を走り抜けて、フロアの真ん中辺りまで戻ってくると、友人二人が右手にある階段を駆け下りていくのが見える。
ただ、そのすぐ後ろを走る彼女、何故か階段に見向きもせず、真っ暗な廊下を真っ直ぐに走って行く。



「おいおいおい!」
咄嗟に瀬野さんが彼女の腕を掴み、階段まで引っ張る。
そのまま階段を駆け下り、最初の入口から外に飛び出したという。


外で息を切らす友人二人と合流し、車まで駆け戻りすぐに乗り込んだ。



車の中で四人は興奮したまま口々に話す。
「六階やばい」「めちゃくちゃ人がいた」「最後の部屋絶対やばい」

そんなことを話していると、段々と落ち着きを取り戻してきたのだが、
瀬野さんは気になったことを彼女に問いかける。
「あの時、なんでお前真っ直ぐ走ってった?」



彼女がキョトンとした顔で答える。






「誰かが『まっすぐ』って叫んだから」






彼女はその声がてっきり後ろを走る瀬野さんが発したものだと思い、それに従ったと言うのだ。

続けて彼女が
「それに廊下の正面に、非常口の緑色の灯りが見えて。鉄の扉もあったから、そこから出れるもんやと思って…」



当然瀬野さんに声を掛けた覚えはない。

それに正面は真っ暗な廊下が続くだけで、非常口の灯りなどはなかった。

そもそも非常灯が点いている訳がない。ここは廃墟なのだ。



その時、友人のうちの一人が
「なぁ、その扉ってあそこちゃうん…」
と、フロントガラスの向こうを指差した。



車のハイビームで照らされた廃墟。
その六階部分。
今四人が走ってきた廊下の端、ちょうどその先の鉄の扉が見える。
 

ただその扉の外側、恐らく元は非常階段があったのだろうが、既に取り壊されたのか足場など何もないのだ。


建物の外壁に鉄の扉だけが残されている。






もし、彼女があの「まっすぐ」という声に従い、廊下を駆け抜け正面の扉から飛び出したとしたら。



あの高さではまず助からないだろうと。






彼女にだけ聞こえた「まっすぐ」という声は一体誰の声だったのか。



四人は恐ろしくなり、すぐに山を下ったという。











「そのあとすぐ彼女に振られたんよな」
と瀬野さんが笑う。
「まぁそんな怖い体験しちゃってますからね」と言うと、



「それが原因ちゃうで」
「え?」





「車がダサいから嫌やって」





確かに、と僕は妙に納得してしまった。



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