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断髪小説 彼女の匂い

GWが終わり私は学校に行くことにした
いじめられているわけでも勉強が嫌いなわけでもなく、あまり人の中にいるのが好きじゃなくて、なんとなく行きたくない…そんなふんわりとした理由で気が向いたら登校する感じの生活をしてきた
至って健康だから学校に行かない日は、親がやっている理容室で洗濯や掃除を手伝いもしている

5月最後の週末には運動会があるし、6月には修学旅行がある
特に興味もないのだが、普段はうるさく学校に行けと言わない親が「最後なんだから学校に行ってみたら?」としきりに言ってくるので仕方なく学校に行くことにした

中学3年生になって初めての登校だ
ウチの学校は島にあって小中が一緒にある全学年1クラスしかない変わった学校だ
クラスメイトの顔触れはずっと同じだし、担任も今年は持ち上がりらしく変化といえば教室が一つ隣に移るくらいしかないから特段緊張もしない

登校した日は全校集会があった
小学生も含めて全校生徒200名ほどが体育館に集まって床に座って校長たちの話を聞く
退屈だなぁと思いながら隣を見ると、中学2年生の列に見たことのない女の子が座っていた

(転校生かな…?)
色白で華奢な身体つきの背の高い女の子だ
目を奪われたのは彼女の長い髪
ロングヘアの子はこの学校にもたくさんいるけど、彼女の髪は普通の長さじゃなくて座っていると床にダラリと付くほどあった

(すごく髪長いなぁ…)
彼女の黒髪は格段に美しいというわけではない
なんならあちこち切れ毛もあってあまり手入れがされていない感じもする
ただ太くてコシのありそうな髪だ
体育館の窓から時折風が入ってくると彼女の方からシャンプーの強い匂いに混じってなんだか甘ったるい体臭が強く漂ってきてゾクッとするような興奮に見舞われる
私はいわゆる匂いフェチ
一瞬で彼女の匂いに心を奪われてしまった

校長先生の話が終わり、「起立」の号令がかかると全員がバタバタッと音を立てて立ち上がった
隣で彼女が立ち上がると後ろで一つに束ねられた髪はやはり太ももに届くほどあった

それからというもの無性に彼女のことが気になっていった
彼女はユズカといって、この4月に1人で島で漁師をしている祖父母の家に引っ越してきたらしい
私といっしょで学校を休みがちでいつも1人でいる彼女に親近感も感じる

運動会が間近に迫り合同練習で目にしたユズカは、長い髪を大きな巻き貝みたいなお団子頭にして後ろにまとめていた
今日は全校生徒参加のムカデ競争の練習
ユズカと私は背の順で前後に並ぶことになった
初めて彼女に触れる緊張
細い肩に手を載せると温かい体温が手のひらに伝わってくる
前のめりになりながら右左と足を動かすと、大きなお団子にしたユズカの髪が鼻の先に迫り、首筋からフワフワと匂いが漂ってくる
ああ私は変なんだろうか
マタタビに酔うネコのように彼女の長い髪と匂いに魅了されている


運動会が開催されるはずだった土曜日の朝は小雨だった
木曜日の夜から強い雨が降り続いていたから、昨日の夕方には延期の判断がされていて今日は半日授業
私は面倒くさいから学校に行かなかった
昼前に雨が止み、母が食事の準備で家の中に戻っている間、父と私はお客さんがいない間に乾燥機から出した洗濯物の片付けをする
まだ湿っているタオルやケープを探し出して外に干しながら、換気のためにドアを開け放しでいると、授業が終わった小学生がゾロゾロと帰ってきた
知り合いと目が合うのはなんとなく嫌だから私はドアに背を向けるようにして手伝いを続けていた

その時だった
いそいそと誰かが店に入って来た
「こんにちは」
女性の小さい声がした
父が「はい。なんでしょ」と不思議そうに返事をしている
誰だろうと後ろを振り向いてびっくりした

ユズカだ
ユズカは伏し目がちになりながら、いつものように後ろで束ねている長い髪を両手でギュッと握り締めながら
「あの。髪を切りにきたんですが…」と小さな声で言った

(えっ?その髪をウチで切っちゃうの?)

いくらこの島が田舎でも美容室は何軒かあるし、ここでこんなに長い髪をここで髪を切るなんてびっくりだ
父もすごくびっくりして
「こっちは別に大丈夫だけど、いいの本当に?」と尋ねている

「はい祖母がここで切ってきなさいって言ってたので」ユズカも少し戸惑いながら答えている

「まあそれならこっちに」
父はユズカが首にかけていたポーチを預かってレジの前の棚に入れると、古い大きな散髪椅子に座るように促した
ユズカもきっと今日は学校に行かなかったんだろう
制服ではなくTシャツにデニムのショートパンツ姿だ
ユズカは開け放しのドアを気にしながら、髪を握りしめたまま緊張した表情で私の目の前を横切って断髪に向かった

私はすれ違いざま反射的にスンっと彼女の匂いを嗅いだ
いつものシャンプーと甘酸っぱい体臭が鼻をくすぐった
散髪椅子に座るとパパはユズカに髪を持ち上げてもらいながら、さっき乾燥機から出したばかりのタオルとケープを持ってきて細い首に巻いた
白くて大きなケープの上にある髪の束は床に届きそうなほどだ

固い表情でジッと鏡を見つめているユズカに父は
「さて、今日はどのくらいカットするのかな」と髪を解かないまま問いかけた
彼女の口からは信じられない言葉が飛び出した

「耳の上まで短く刈り上げてもらって、あとはおじさんくらい短くしてください」
「えっ?本当にいいの?」
「はい。おばあちゃんに短く切りなさいって言われたんで」
「本当に?」
「はい。船でおばあちゃんたちの手伝いをすることにしたんで、危ないから髪を切りなさいって言われました」
「本当に?」
「はい」
「相当短くしちゃうよ」
「はい」
「いいのかなぁ」

父も女の子がこの店に来るということはショートカットだろうと薄々予想はしていて、髪を解かなかったんだと思う
だけど刈り上げるほど短くするとはさすがに考えていなかったんだろう
何度も確認を繰り返している

そして
「わかったよ。それでトップも短くしていいの?」とついに根負けして話を進め始める
「はい。濡れてもタオルですぐ乾くくらいにしてきなさいって言われたんで」
「そう。俺くらいねぇ。髪多いからすいていくけど大丈夫?」
「はい」
長めのスポーツ刈りにしている父はユズカの返事を聞くと後ろに束ねた髪のヘアゴムを少しだけずらした
「本当にいいんだね」
またユズカに確認をする

首筋のところから切っても1メートル近くある
ここまで髪を伸ばすって何年もかかるはず
切られる立場だけでなく切り離す立場だって緊張するだろう

「はい」
ユズカはコクンと頷くと、そのまま少し下を向いて断髪を受け入れる準備をした

(ああ。本当に髪が切られちゃう…)

ユズカの斜め後ろに座っている私からは髪束の根本を握りながら大きなハサミを近づけている父の手元がはっきりと見える
瞬きも忘れるほど目が離せない

「じゃあ本当に切っちゃうよ」
最後の最後の確認とともに父は髪の根本にハサミを近づけ、閉じた

ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ
 ジョキリ、ジョキリ、ジョキリ パチン

切れ味のいい父の散髪ハサミは最初は少し苦しそうに、そしてだんだん軽快に動いて数秒でユズカから髪を切り離してしまった。
「切っちゃったよ」
父は大物の魚を釣り上げた漁師のように切ったばかりの髪の束を高く掲げながら、鏡に映してユズカに見せた

「この髪せっかくだから持って帰る?」
「。。。。」
一瞬で髪を失ったユズカは絶句している
「まあとりあえず置いておくね」
父はそういうとユズカの髪を私のところに持ってきて
「ちょっと髪持っておいて」と手渡してきた

(えぇー)

思いがけずユズカの髪がこの手の中に収まった
これだけ長くて多い髪束だからしっかりと重みを感じる
ドキドキと胸が高鳴り興奮がおさまらない
さっきまでユズカの身体の一部だった黒髪が私の手の中にある
髪が床につかないように気をつけながら膝の上に載せてこっそり撫でてみた

(ああ、とっても愛おしい)
さらに気持ちが昂ってきた
今すぐにこの髪束に鼻を埋めてユズカの匂いを嗅ぎたい
ウズウズと欲望が湧いてくるのを必死に我慢する私

父は霧吹きで肩に届かないくらいの散切り頭になったユズカの髪をシュッシュと濡らして、櫛で丁寧に調えると、後ろにある棚からバリカンを取り出してカチャカチャと刃を付け替えて椅子の下のコンセントにプラグを差し込んだ

カタカタ…ヒュルルルーン
モーターの音が響き始めた

「くすぐったいかもしれないけど動かないでね」
父はそう言うとユズカの髪を上にかきあげながら、もみあげのところからバリカンを入れた

ジジジジz…ジジジジ…
耳上数センチのあたりまで刈ると、徐々に後ろにバリカンをずらして耳の周りを刈り上げていく

ジジジジ…ジジジジ…
首のあたりにバリカンがくると、ユズカの肩はくすぐったそうにすくめている

ジジジジ…ジジジジ…
首筋から後頭部にかけて何度も髪をめくりあげ直しながら父は彼女の髪を刈り上げていく

バリカンが頭から離れるたびにボタボタと髪が床に落ちていき、耳の周りや首筋が白く浮かび上がるけど、かきあげた髪が元に戻るとまたおかっぱ頭の姿に戻る
ぐるりとユズカの髪を刈り終えると、椅子の周りには結構な量の髪が落ちていた

でもこれで終わりじゃない
本格的なカットはこれから始まるのだ
父は鏡の前に置いてあるハサミを手に取り、櫛でまたユズカの髪を撫でつけた

そして「前髪は少し長めに残しておくよ」と前置きをしながら櫛で額あたりの髪を持ち上げると指で摘み直して

シャキン シャキン シャキン と切ってしまった
「少し長めに」と父は言っていたが前髪の先はおでこの半分より上の位置
ユズカもかなりびっくりした表情で見届けている

父はハサミを止めない
躊躇なく、トップの髪を3センチくらいの長さで
シャキン シャキン シャキン… シャキン シャキン シャキン…
と続けざまにどんどん切っていく

シャキン シャキン シャキン… シャキン シャキン シャキン…
ハサミはサイドや後ろの髪も容赦なく切っていく

シャキン シャキン シャキン… シャキン シャキン シャキン…
10センチ以上の濡れた髪がユズカの肩や背中を叩くように落ちていき、床の上で生き絶えていく

ベリーショートにされたユズカは固い表情をしながら鏡で自分の激変の様子をじっと見届けている
さっき刈り上げた耳の周りやうなじがくっきりと現れた

そこから父はさらにバリカンで刈り上げた部分とトップの部分を自然な感じで繋げていくようにカチャカチャとハサミで短く整えていく

下から上へ
 チャキチャキチャキ…チャキチャキチャキ…
 櫛からはみ出た髪をリズミカルに切っていく

ふと気がつくと外の道を同級生たちが帰ってきていて、チラチラと店の中の様子を伺っている
(あっ…ドア閉めてない)
ユズカの断髪がみんなに見られてしまっている
私は急いで入り口のドアを閉めた

「あぁごめんな」
父は私に声をかけたけど、謝る相手はユズカだろう

短く切ってもなおボリュームがあったトップの髪がザクザクとスキバサミで切られ、きわの部分をきれいに仕上げてユズカの断髪は終わった。

これからシャンプーと顔剃りが始まるが、父がその準備をしている間、私は普段やっている通りに椅子の周りの髪をモップで掃いて片付ける
短く刈り込まれたユズカの悲しそうな横顔を見ながら切り離されたばかりの髪を掃き集める
カツラが作れるんじゃないかと思うくらいの髪の量だ
髪を失ってすっかり小さくなった頭をしたユズカは振り向いてキョロキョロと髪の行方を目で追っている

私は淡々と作業を進めて掃き集めた髪をチリトリに入れると後ろのゴミ箱にガコンと音を立てながら捨ててしまった
正直彼女が喪失したものを捨てることに対して強い罪悪感を感じながらも、心の中にサディスティックな快感を覚えている

ユズカは父の言われるがままに身をかがめて鏡の前のシャンプー台に頭を突っ込みシャンプーをされた
父の大きな手のひらでゴシゴシと小さな頭が洗われて、再び身体を起こされてタオルで何度か頭を擦られると髪はほとんど乾いてしまっている

「水はけいいでしょ?この頭」
父がユズカに冗談めかして話しかけているが、彼女は黙ったままだ

その後父は顔剃りとキワ剃りをしてドライヤーを使ってユズカの髪を整髪していく
30分ほど前とは大違いの姿
彼女の風貌はすっかり男性のように変化してしまった

最後に父は大きな鏡で後ろ姿を映して
「これでどう?」と確認をする
どうと聞かれユズカは「はい」と答えるしかないだろう
首筋や耳の後ろは白い地肌が透けるほど短く刈り上げられていて修正のしようもないのだから

ユズカは椅子からヒョコンと立ち上がると、首をかしげながら刈り上げられた後ろ頭のザラザラした感触をしばらく確かめるように撫でながら、そのままレジの方に向かい、父にお金を払うと店を後にしてしまった
「髪置いていっちゃったな」
父がポツリと言うから私は「学校であったら聞いてみるから私が持っておくね」とユズカの髪束を紙袋に入れて部屋に持って帰った

それから…
私はいけない子だ
昼ごはんを食べると、部屋にこもってユズカの髪束に顔を埋めて思いっきり匂いを嗅いだ
ああとろけるような気持ち…
さっきのユズカの断髪の様子を思い返しながら長い髪の手触りを楽しむとともに、シャンプーの香りの奥から甘い彼女の体臭を探し当てるように嗅ぎ出して興奮の頂点に達した

次の日
短髪になったユズカがいた
長身で全開になったおでこにピタリと白いハチマキを巻いている姿を遠目から見ると男子と見間違うほどだ
みんなもすごく驚いているようだが、彼女はいつものように無口のままだ

ムカデ競争の時間になった
私は後ろからユズカの肩を持って、号砲のピストルを待つ
彼女の頭にはもう大きなお団子ヘアはない
初夏の太陽のせいで汗で少し濡れた白い首筋と昨日刈り上げたばかりの青白い後ろ頭がたまらなく愛おしい
髪に蓄えられていたシャンプーの香りはすっかり弱まってしまい、彼女の甘ったるい体臭だけが漂ってきた
あぁやっぱりユズカがいいかも…
私は心を決めた

一年後の夏…
あれからユズカに思いを打ち明けた結果、両思いになり親密な付き合いを始めた
私は卒業しても島を出ることなく自宅で家の手伝いをしながら通信制の高校で勉強をしている
花火大会が開催される土曜日の夕方、いつものように洗濯物を取り込んでいたら
「こんにちは」と真っ黒に日焼けをしてタンクトップを着たユズカが店にやってきた

ユズカは運動会の後から祖父母と一緒に船に乗って漁の手伝いをしている
もともと学校を休みがちだったけど、それからはさらに顔を出さなくなっているようだ
色白で華奢な身体付きはすっかり変わってしまい筋肉もついて、この島で生まれ育った男子よりも精悍な外見をしている

「花火大会の前に髪切りにきた」
他の子には相変わらず無口だけど、私に対してだけは饒舌だ
ユズカは最近さらに髪を短く切るようになり、角刈りに近い髪型にしている
「大丈夫なの?そんな短くしちゃって。おじいちゃん泣いてない?」
私は彼女の短く刈り込んだ髪型が大好きなんだけど、一応問いかける
「あぁ。おじいちゃんね。我が子は娘ばっかりだったから私のこと息子みたいだって、むしろ喜んでるよ」と私の嗜好を見抜いているユズカは笑いながら散髪椅子に座り、気持ちよさように父のハサミの音を聞いている。

散髪を終えたユズカと私は2人で花火大会に出かけた
家から離れるとどちらかともなくお互いの手を探してギュッと握って歩く
最初のうち花火がよく見える場所で見ていたけど、ユズカが私の肩に頭を載せてきたりあまりにもベタベタと私にくっついてきて恥ずかしくなって、クライマックスの前に人目のつかない場所に移動した

そこは島の人には有名なスポット
周りにも何組かカップルが愛を確かめ合っているが、そういう場所だから気にしなくていい
ユズカは「大好き」と呟きながら私に抱きついてきた
背が伸びて筋肉もついたユズカだけど、首筋から漂う甘い匂いは相変わらずだ
ドン、ドンと空気が揺れるような花火の音を聴きながらユズカに抱きついていると
「ねぇ。キスしてよ」
いつものようにユズカがねだってきた
私は少しだけ周りを確認をして、短く刈り上げたばかりの彼女の頭をゾリゾリと逆撫でるようにさすりながら長いキスをしてあげた

※いわゆる「百合」小説にチャレンジしてみました
 いかがだったでしょうか
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