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『部品メーカー残酷物語』第四話 ©99right

第四話「お前か!?(怒)」

 財布が無い事に気付いた私はタコ部屋の中を探しまくったが見つからない。同居人達の閉じたカーテンを開いて中の狭いプライベイト空間を覗く勇気は来たばかりの新人には無い。仕方なく廊下を歩いて寮長室に向かった。途中、廊下にあったゴミ箱を漁って見たが見つからない。
 寮長室で私は、ついさっき発生した盗難について説明したが、大魔王は全く取り合ってくれない。「取られた奴が悪い」とも言った。

 残念ながら私にも非は多々あった。
 タコ部屋の入り口辺りには一応鍵がかかる小さなロッカーボックスがあって、まさに直前に大魔王から鍵を渡され説明を受けていたのだ。にもかかわらず初日だったとこともあったし、日本のトップ企業である〇〇自動車グループの当社の本社が、実は戦時中に作られた木造の社員寮だったと言う事実に驚いたり、その社員寮が一部屋十二人のタコ部屋だったことに愕然としたりと、あまりにも色々なことがあったために注意散漫になっていた。
 後から聞いた話だが、寮内では頻繁に盗難があるらしいが、警察は呼ばないのだと言う。あくまでも取られた本人が悪いと言う方針だ。
 話はちょっと変わるが、当時流行った「金八先生」と言うドラマを覚えているだろうか?
 あの頃中学校や高校で校内暴力が頻発した。ドラマでは最初校長や教員達は警察を呼ぶのを躊躇った。あくまでも暴力を行った生徒を教育で更生させるという言う考えだったらしい。しかし「金八先生」でも結局最後は警察に頼ることになるのだが。
 それでも当社の寮は警察を呼ばないのだと言う……。

 財布は社員食堂のゴミ箱で見つかった。つまり犯人は寮の部屋と社員食堂に入れる人間である。最初から分かっていた事だが犯人は同じ寮生に間違いない。
 見つかった財布を調べると幸い無くなったのは現金だけで銀行のキャッシュカードや免許証、社員証などは残っていた。現金は二万円ほど入っていたがその程度で済んで良かったとちょっぴりだけ安堵した。
 思えば高校一年生の時、部活で着替えをしていた体育館の倉庫で父親に入学祝いで買ってもらった大事な腕時計を盗まれた。その時も教師に報告したが取り合ってもらえなかった。全く同じ「盗まれた方が悪い」と言う論理だった。泥棒は同じバレーボール部の部員に違いないのに教師は学校に警察を呼ばない。変な噂が立つのを恐れるのだ。
 この会社もそうである。
 犯人は絶対に寮生である。しかし会社は警察を呼ばない。理由は同じである。

 暗澹たる気持ちで一人食堂で夕食を食べていたら、引きつった笑みを浮かべた背の高い女が一人近寄って来て私に話し掛けて来た。
「大卒で、初の寮生ってあんたかい?」

 口の聞き方……不良か?

「……ええ」
「私、富江(トミエ)。あんたのベッドの上よ。一応『部屋番』をやってます。よろしくね」

 お前が、あのオナラ野郎……いやオナラ娘だったか。

「竜胆聡子(りんどうさとこ)です。よろしく」
「聡子さんか。さっき臨時収入が入ったから、同部屋の連中を誘ってこれからちょっと飲みに行かない? 聡子さんの歓迎会よ!」

 ……犯人はお前か!?(怒)

(続く)

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