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イギリス二大政党制は何故崩れたのか

 イギリスと言えば二大政党制の国だということは、教科書に載っている、誰もが知っている常識だろう。しかし近年のイギリス政治を眺めてみると、必ずしもそうとは言えない。2010年の選挙の結果、二大政党と呼ばれる保守党と労働党はいずれも過半数の議席を獲得することができず、戦後初めての保守党と自由民主党との連立政権が誕生した。その後2015年の選挙では何とか保守党が過半数の議席を獲得したものの、2017年の選挙後には再び連立政権に戻った。もはやイギリスは二大政党制の国とは言えないのである。
 ではなぜイギリスの二大政党システムはほころびを見せているのだろうか。それを理解するために、本論ではそもそものイギリスの政治システムであるウェストミンスター・システムを確認したうえで、そこから同イギリスの政治システムが変容していったかを確認したい。

そもそも二大政党制とは何か

 そもそも二大政党制とはどのような政治システムなのだろうか。もちろん多数の政党が乱立する多党制にたいして、一定の類似性を備えた二つの政党が交互に政権を担う政治システムだというのはわかる。与党に不満を抱いたら、野党に投票して政権交代を実現するのだ。しかし二大政党だと政治にどのような特徴が現れるのかということを説明するのは、教科書的な知識だけでは、難しいのではなかろうか。

 二大政党制には一般に次のような利点があると言われている。第一に、政権交代が起こりやすいために、政治に緊張感が生まれるということだ。たとえば東アジアのある国では、政権与党が不正を働いたとしても、別の選択肢がないとして相変わらず与党を支持する人が多いそうだ。そうした状態では不正をしても支持率が下がらないため、与党は不正をし続けることになる。しかし、明確に対抗者が存在する二大政党制の国では、与党が不正を働いたり大きな失敗をしたりすると、もう一方の野党に票が流れるため、そうした不正や失敗に対しての注意が高まるのだ。第二に政権の枠組みを有権者が選択できるため、結果に対する予見性が高まるということだ。多党制の国では単独で過半数の議席が獲得されにくいため、選挙後に政党間の駆け引きによって連立与党が形成される。そこには政党の政策上の妥協が生まれるため、かならずしも有権者が実現してほしいと思って投票した当の政策が実現されないこともありうるのだ。しかし、二大政党制においては、多くの票を獲得した与党の政策がストレートに実現されるのである。第三に二大政党制においては急進的な政党が登場せず、安定的だということだ。どういうことだろう。仮に有権者の分布が正規分布、つまり中道的な性向の人たちが一番多いと仮定すると(ダウンズモデル)、急進的な性向の人々はより考えの近い政党に投票するだろうから、選挙においては一番のホットスポットたる中道の票の獲得競争になる。そうであれば、二党とも中道路線に走るため、急進化しづらいのだ。

 これに対して二大政党制のデメリットもまた指摘されている。第一に、「死票」が多く発生してしまうということだ。仮に51:49の比で保守党が試験を獲得したとすると保守党を支持した有権者の意向は完全に反映される一方で、49の側の労働党を支持した有権者の意向はまったく政治に反映されなくなってしまうのだ。第二に政党間の違いが小さくなり、非本質的な争点が争われることになってしまうということだ。これはメリットの第三で述べたことの裏返しでもある。選挙は中道票獲得競争になるため二党間の差は小さくなっていくのだ。

 近年ではこうした二大政党制の特徴は、二大政党制だから必然的に生じるわけではないとして修正が図られているものの、これが一般的に言われる二大政党制の特徴である。

ウェストミンスター・システム

 こうした二大政党制ではあるが、このシステムを違う国でも導入しようとしてもそう簡単に導入できるものではない。なぜならば、他の政治システムと有機的に結びつくことで初めて機能するものだからだ。そしてイギリスにおいて小選挙区制や議院内閣制、政党の組織化、そして二大政党制が有機的に結びついてできた巨大政治システムこそ、ウェストミンスター・システムなのである。
 イギリス議会の起源は王の封建領主に対する諮問機関としてのものであった。そこでは課税への合意の取り付けや、統治に関する銃を産時効についての意見の汲み上げを行っていた。15世紀後半から、新興の商工業主も成長し、徴税や内戦に関する専門家が成長するなど伸長していた王権と競争関係になっていった。そして「市民革命」を通じて、議会の承認なしには予算に関する案件は実行できないという政治慣行が成立し、のちに閣僚人事にも議会の合意が必要になり、議院内閣制が成立した。そのころの議会には王党派のトーリーと議会主権派のホイッグという緩やかな紐帯としての二大政党が誕生していた。19世紀を通じて選挙権が拡大する中で、顔見知りの間の選挙だったのが見知らぬ大衆を動員する必要が出てきたため、政党は合唱団などのサブカルチャーを備えて社会に根差すようになり、また候補者の擁立や人事まで統制する党指導部の拘束力を背景とした凝集性の高い近代的な政党と化していった。また選挙制度も地方国を問わず小選挙区制に一元化された。ここにウェストミンスター・システムが完成したのである。

 こうしてウェストミンスター・システムの沿革についてみてきたわけだが、システムの有機的なつながりとはどういうことだろうか。以下では二大政党制と➀議院内閣制➁小選挙区制③政党組織の近代化のつながりを確認していく。
➀イギリスの議院内閣制は、議会多数派が内閣を組織するものであり、三権分立とは言えない程議会多数派に強い権力を与えられている。そんななかで二大政党制と議院内閣制のつながりと言えば、すでに二大政党制のメリットとして触れていた政治の緊張感の醸成という点にある。二大政党の一方が与党として政策の立案実行を行う一方で、野党がそれに対する「異議申し立て」の役割を果たし、与党とは違う選択肢であり続けることによってはじめて議院内閣制は正常に運用されるのである。
➁小選挙区制はその選挙区の中で、一番票数を獲得した候補だけが選出されるシステムだ。これは二大政党制の確立の上で欠かせない要素である。それはどうしてなのか。それはデュベルジェの法則が働くからである。デュベルジェの法則とは、小選挙区制においては(1)第三党以下は当選しづらいという機械的効果と(2)当選可能性が低い候補からは有権者の票が流れるという心理的効果が働くことによって二党制が導かれやすいという法則である。だからこそ小選挙区制なしには二大政党制は成り立たないのだ。
③政党の近代化とはウェストミンスター・システムの沿革の中で説明したとおり、社会に根差し、党指導部の統制力を背景とした凝集性の高い政党組織である。当然この政党の凝集性も二大政党制の前提となる。仮に政党が凝集性が低い緩やかな紐帯に過ぎないなら、選挙において候補はそれぞれ別々の政策を提案し、選挙後の政党内での調整が必要になる。そうなれば二大政党制のメリットである選挙後の政策の予見性は低まり、二大政党制の安定性も必ずしも発揮されなくなってしまう。
 このように、二大政党制は単独で働くシステムではなく、ウェストミンスター・システムの有機的なつながりの中で初めて効果を発揮するものなのだ。

変容するイギリス政治

 では初めの問いに戻って、どうしてイギリスの二大政党制はほころびが見え始めているのだろうか。二大政党制がウェストミンスター・システムとの有機的なつながりの中で効果を発揮するものなのであれば、とうぜんその綻びもシステム全体の綻びの中で理解されなければなるまい。

 大きな理由として、まず地域主義の高まりがあげられる。1997年に成立したブレア政権は、スコットランドやウェールズ、北アイルランドへの権限移譲を行った。それによってスコットランドは留保事項を除いた立法権や一部の自主財源を獲得し自律性を高め、ウェールズには議会が開設され二次的な立法権が認められ、北アイルランドには課税権はないものの広範な一時立法権を獲得した。そんな中でスコットランドや北アイルランドを中心として地域主義が高まり、スコットランド国民党などの地域政党がその地域で議席を獲得するようになった。それによって議会に占める二大政党の議席の割合は必然的に小さくなる。
 第三政党の躍進の背景はこれだけではない。小選挙区制と二大政党制のつながりについて論じる中で、デュベルジェの法則に言及したが、ある一定の条件下ではデュベルジェの法則は働かないのだ。それは第一に特定の地域に根差した小政党が存在するときである。これは先ほど触れたスコットランド国民党の例が挙げられるだろう。そしてもう一つが、国政選挙と地方議会選挙の選挙制度が大きく異なるときである。なぜだろうか。仮に地方議会選挙が獲得票数の比に応じて議席が配分される比例代表制だとすれば、そこではデュベルジェの法則は働かない。つまりそこでは小政党であれ議席を獲得できるのだ。しかしだからといって国政とは関係がないと思われるかもしれない。だがここが重要なのだ。小政党は小選挙区制のもとでは当選できない。そうなると必然的に活動資金を得ることができず、じり貧になっていく。しかし地方議会で議席を獲得できれば、そこを足掛かりにして活動を継続していくことができるのだ。だからこそ地方議会選挙と国政選挙で選挙制度が異なれば、デュベルジェの法則は働かなくなってしまうのだ。こうした例は、言わずもがな日本の衆院選であろう。ではイギリスではどうなのか。イギリスは国地方問わず小選挙区制に一元化されている。しかしながらEUとの関りで行われていた、欧州議会選挙はブロック別の比例代表制が導入されていたため、そこにウェストミンスター・システムのほころびが生まれてしまい、二大政党制は崩壊しているのである。

さいごに

 今日2021年7月4日は東京都議会選挙の投票日である。直接的言及は少ないとはいえ、いわずもがな私は本論の中で日本の政治状況を念頭に置いている。こうしたイギリス政治の展開を、今後選挙での投票戦略として活用していただければ幸いである。

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