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【比較政治】「がんじがらめ」のドイツ政治

この記事ではドイツの政治制度についてお話をしたいと思います。
でもドイツの政治制度なんか知っててどうなるの?って感じですよね。たとえば高校の政治経済の教科書では「半大統領制」なんかに位置付けられていて、何それって感じでよくわからない。
でもドイツについて考えるのはちょっと面白いんじゃないかと思います。だってドイツって日本とよく似ている国だとよく言われるからです。ちょっと歴史を振り返ってみると、日本もドイツも1970年前後に近代的な国家体制ができて、第二次世界大戦では全体主義的な体制の下で枢軸国として参戦して敗戦、戦後は焼け野原からスタートして世界的にもトップレベルの経済発展を遂げる…。なんなら国民性だってどちらもまじめで仕事中毒だって言われますよね(笑)。でもそんなドイツと日本、政治制度は全然違っているんです。じゃあドイツってどんな政治体制の国なのか?一言で言うならば「半主権国家」なんです!

半主権国家➀ 連立政治

なんだそれ…?まあ簡単に言うならば、国家のかじ取りをする主権がどこにあるのかよくわからない国ということです。
「なに言ってるんだ!主権者は国民だろ!」いや、まあそうなんですけど(笑)。でもたとえば日本だったら国民の意見を反映する仕組みがずっとわかりやすいんです。選挙で国民が候補者に投票して議会(衆議院)を構成する議員が決まる。それから議会(衆議院)の中の多数派が内閣を構成して、議会多数派と内閣とが実質的に日本の国家運営のかじ取りをしているわけです。たしかにドイツでも下院の指名によって首相が選出されるという議院内閣制がとられてはいますが、その決定は日本ほどそう単純ではありません。
まずドイツでは議会(下院)で多数派をとることなんてできません。断言してしまいますが、実際にドイツで一つの政党が過半数の議席を占めたことなんてほとんど一度もありません。なぜか?それはドイツでは「小選挙区比例代表併用制」という制度の下に選挙が行われるからです。これは日本の「小選挙区比例代表並立制」とは全然別物です。「小選挙区比例代表並立制」では一部の議席は小選挙区制で、残りは比例代表制で選出するという制度ですが、「小選挙区比例代表併用制」では全議席を、小選挙区制と比例代表制の投票を用いて選出します。少し複雑な説明になりますが、まず投票する人は自分の選挙区から誰を選出したいか決める小選挙区制の投票と、どの政党に国家運営を任せたいか決める比例代表制の投票を行います。そして比例代表制の投票で各政党への投票の割合ごとにその政党の議席数が決定され、小選挙区制で当選した候補の中からそれぞれの政党が議員に議席を配分する。それが「小選挙区比例代表併用制」です。
少し難しい説明になってしまいましたが、ようするにこうした制度によって下院での各政党の議席の構成比率はほとんど国民の投票した通りのものとなるので、一部の政党が過半数を占めるということはほとんどあり得ません。ですから必然的に政権を担うためには複数の政党による連立政権が組まれなければなりません。そこでは宗派政党としての起源をもつ保守政党のキリスト教民主同盟(CDU)や労働者政党としての起源をもつドイツ社会民主党(SPD)、自由主義を唱える自由民主党(FDP)、1980年代以降の争点の多様化によって台頭した人権擁護や多様性の尊重を主張する緑の党(Die Grünen)などの政党がそれぞれの利害や議席数に応じて議論をし、連立与党を形成します。そのため、選挙が終わった段階ではどの政党が政権を握るかはわからず、それぞれの政党が連立のために妥協をする必要があるため、どんな政策が実行されるかもよくわかりません。

半主権国家➁ 連邦制

まあですがこれだけならばあくまでも国民に選出された議員の中での話なので、まだ分かりやすいですよね。ですが、ドイツはこんなもんじゃない(笑)。たとえば国と地方の関係についてもややこしいんです(笑)。
まず前提の話として、ドイツはいくつもの領邦国家が集まってできた国です。そのことは国名である「ドイツ連邦共和国」にも表れていますね。たとえばフランクフルトもハンブルクも、もともとは一つの国でした。それを1971年に統一したのが現在のドイツの原型です。もちろん日本と同様に中央集権化の動きがあったり、冷戦期の東西ドイツの分裂などさまざまに変遷はありましたが、それでも現在各州の政治的意思決定はとても重視されています。
たとえばそれぞれの州は、外交や防衛などの排他的に定められた連邦政府の管轄以外の領域は独自の立法権を持っています。たとえば初等・中等教育や地域の経済政策などです。各州は独自の徴税権を持っていて、自主財源で政策を執り行えます。そのため連邦政府が国全体の政策を執行する上ではどうしても州政府との協力が必要となってきます。
また各州は連邦参議院を通して州の意見を国政に反映させることができます。連邦参議院は各州政府ががその人口に応じて投票権を持っており、自分の州にとって不利な立法を連邦政府が行おうとしたときにはそれを阻止する機会を有しています。
ですから連邦政府は各州の協力なくしては政策の執行が困難です。そのため連邦政府は法案の制定の段階から、州政府との協議を取り入れていかなければなりません。これは機関委任事務の廃止や国の関与の見直しなど地方自治改革が進んでいるとはいえ、地方政治にまだまだ戦前の中央集権的要素を多く残す日本とは大きく違います。

半主権国家③ コーポラティズム

まだまだ続きます(笑)。ドイツではコーポラティズムとよばれるシステムが機能しています。ところで「コーポラティズムってなんだ?」というのは当然の疑問だと思います。コーポラティズムなんて政治学をかじってでもいなければ、日本で普通に暮らしているうえではまず耳にしないような言葉でしょう。コーポラティズムとは、簡単に言うと重要な政策を行う上で、それに関係する利益集団の代表を呼んで協議を行う、というものです。
代表的なのは労働の分野に関する問題です。賃金や社会保障など労働者の生活に大きな影響のある法案については、労働組合の代表者と企業組合の代表、そして政府の三者が協議を行って、協調行動を行うことによって、マクロな経済運営を円滑に進めています。そのほかにも例えば社会保険の運用に関して、医療費の抑制を図るときに疾病金庫、保険医療界、病院経営体、製薬会社、福祉団体などと協議を行うなど、さまざまな政策領域においてコーポラティズムは実践されています。

半主権国家④ 憲法裁判所

そして最も究極的には、憲法裁判所という存在があります。ドイツの憲法裁判所は独立した地位にあり、議会が制定した法律が憲法に違反しているかしていないかを審議する役割を持っています。ですから例えば議会において野党の主張が全く無視されて、議論もされずに与党によって法律がつくられた場合、またコーポラティズムの協議において一部の団体の利益ばかりが考えられ、ほかの団体の意見が黙殺されてしまった場合、そうしたときには野党や民間団体は憲法裁判所に提訴することによって、政府が進めようとしている政策をけん制することができるのです。

交渉民主主義と逆説的リーダシップ

これまで上げただけでも、連立政権、連邦制、コーポラティズム、憲法裁判所とドイツの連邦政府への制約はたくさんあります。もうがんじがらめです(笑)。こうした状況では政府がやりたいことを思い通りに進めることなんてとても難しい。
こうしたドイツの政治の在り方こそ「半主権国家」と呼ばれるものなんです!ここにはやっぱり、政府が強力なリーダーシップを発揮することが難しいということが含意されています。たしかに同じヨーロッパのイギリスは議会で過半数を取りやすい小選挙区制で、議会多数派が執政権も掌握するというシステムですし、フランスは大統領選挙で選ばれた大統領に権力が集中しているということを考えると、やはり政治的な決定に際して、さまざまなアクターとの交渉を通じて利害調整や妥協が必要になるドイツの政治制度はリーダーシップが働きづらいように見えます。
しかし同時にドイツの政治はしばしば「宰相民主主義」なんて呼ばれたりします。つまり首相があまりに権力を持ちすぎているんじゃないか、ということです。
でもこれって、いままで見てきた様々な制約と矛盾してるように思えますよね?自分と考えの違う連立与党の意見も聞かなくちゃいけないし、連邦集とも協議しなくちゃいけない、労働者と経営者みたいな対立した利害の両方を聞いて調整する必要もあるし、もし誰かを蔑ろにしたらすぐ憲法裁判所に駆けこまれてしまう。こんなにがんじがらめなのに権力の持ち過ぎだなんて…。でも実はここが肝なんです!
事実としてドイツの首相は国の指導者の地位につき続けることは多いわけです。事実現在のドイツのアンゲラ・メルケル首相は2005年11月から宰相としての職務を担っています。
ではなぜこんなに制約があるにもかかわらず、ドイツの首相は強いのでしょうか?それはひとえに彼らが調整力にたけた指導者だからです。様々な利害を調整しなければならない首相のもとには交渉相手の情報が集中します。そのため一挙に情報を握った首相が、うまくその利害を調整しさえできれば、逆説的に強いリーダーシップを握れるのです。

まとめ

以上でドイツの政治制度について概観してきました。ドイツの政治制度について二言で言い表すとするならば、「執政権に課された大きな制約」と「逆説的な調整リーダーシップ」です。日本では1994年の選挙制度改革によって議会の多数派ができやすいようになり、また内閣の機能の強化により行政を政治が管理下に置きやすいような改革が進められており、ある意味ではイギリスやフランスと同じような意味でリーダーシップを強めようとする流れが強まっています。その結果の一つとして、安倍前首相は2014年からの長期政権を担い強いリーダーシップを発揮してきたのでしょう。しかし一方で議会多数派とは違う考え方を持った人たちの考えは政治にほとんど反映されないようになっているのもまた事実です。それは誰が悪いというのではなくシステム上そうなのです。だからどちらの方がいい政治かとは言いません。ドイツのような政治システムでは調整に多大なコストがかかってしまうことや旧来的なドイツ政治システムに軋みが出始めているのもまた事実です。しかし今一度、ドイツのような制約を通じた調整リーダシップについて一度考えてみることは決して無意味なことではないでしょう。

参考文献リスト

平島健司『ドイツの政治』(東京大学出版会)2017年

https://www.amazon.co.jp//dp/4130301632/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP

西田慎・近藤正基『現代ドイツ政治』(ミネルヴァ書房)2014年

https://www.amazon.co.jp//dp/4623072045/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP


板橋拓己『アデナウアー』(中公新書)2014年

https://www.amazon.co.jp//dp/4121022661/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP


石田勇治『過去の克服』(白水社)2014年

https://www.amazon.co.jp//dp/4560083657/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP



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