親友が俺受けの人外凌辱本を作っているんだが……?(3)
二人の時と違って、別れた事にどこか安堵している自分がいる。
会社の帰りに入ってきた別れのLINEをした後、帰り支度を済ませてぼんやりと岐路を辿っていく。
気が付けば誉の部屋の前にいて、扉越しに電話をかけていた。
『律希?』
3コールも鳴らない内に通話になった受話口に向けてボソリと呟く。
「お前らなんか嫌いだ」
開口一番に出た言葉は否定的な言葉だった。
『……』
黙ったままの誉に、また口を開く。
「なのに、何で……っ」
『律希?』
誉の声がどこまでも優しくて、胸の奥がざわついた。
同時に安心も出来て、ホッと息を吐く。また思考回路がグチャグチャになった。
「なのに、何でこんなに寂しいんだよ、バカ!! お前らなんか……嫌いだ! ムカつくんだよ! ふざっけんな!」
言いたい事はまだたくさんあったのに、決壊した涙腺から涙が溢れて止まらなくなってそれ以上は喋れなくなった。
玄関の扉にゴンッと勢いをつけて額をぶつける。
何度かしゃくり上げていると、中から駆け寄ってくる足音がしたのが分かって、弾かれたように扉の前から逃げ出した。
「「律希!」」
秀もいたらしい。
本当に仲悪くなかったことにまた腹が立った。
「マジで仲良しかよ! 人外滅びろ!」
今までの頑張りを返して欲しい。
振り返って叫ぶと、二人はもう目の前にいた。
——足速すぎんだろ!
アパートを出る前に二人に捕えられて、左右から抱きしめられる。
「彼女、出来た」
息も切れ切れに言うと、誉が苦笑した。
「知ってる」
「何で知ってんだよ……」
「可愛くて良い子なんでしょ?」
——いや、だから何で知ってんだよ。お前の情報網怖えよ。
「さっき、振られた」
しかもよく分からない理由で。
「でもホッとしたんだ……最低だろ俺……」
すかさずガッツポーズを作った二人の頭をそれぞれ殴った。
腹は立ったが充足感に溢れている。
「何でだろうな……。お前らと一緒に居る方が何千倍も楽しかったとか、本当に最悪だろ。死にたい、俺……」
ずっとためていた本音を吐き出す。
「律希が死んだら標本にして海に持ち帰るね!」
「まず死ぬのをとめろや……」
声を弾ませるな。
悩んでいたのがアホみたいだ。
「律希、いい加減〝普通〟を諦めろ」
秀の言葉に視線を上げる。
「俺らから離れるのを諦めろ。普通も諦めろ。人生も諦めろ。倫理観も捨てろ。全部海の藻屑にしちまえ。つうか、ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと俺らんとこに嫁に来い」
「何だよそれ。夢も希望もねえな」
史上最悪の口説き文句だ。
秀らしくて笑えたけど、腹が立つからまた殴った。
「んなもん、いらんだろ。でも愛はあるぞ」
「そうそう。人魚って一途なんだよ。知ってた?」
「……知らねえよ」
「「昔っからずっと愛してる(よ)、律希」」
当たり前だ。
今までの付き合いと、あの行為に愛も何もなかったら三枚におろしてそれこそ海に捨ててやる。
他の魚の餌になれば良い。
「律希好き」
「俺らを選べ」
頭や頬に口付けながら最低な求愛をしてくる昔っからの友人たちにそれぞれ口付けを落とされる。
最低な事しか言わないし、して来ないのに、触れてくる指先やキスだけ優しいとかムカつき過ぎて今度は泣けてきた。
「も……っ、訳……、わかんねぇ」
情緒不安定にも程がある。
一通り泣きまくって、だけどやっぱりムカつくから殴った。
漸く心の中がスッキリしてくる。
「まあ……もう〝普通〟をやめるのもいいかもな」
そう言うと二人の顔が輝いた。
「律希、んじゃ今度は青姦しよ? 初めて会ったテトラ……「しねえよ!!」……痛い! 律希さっきから酷い!」
「うるせえ」
問答無用で誉を地に沈める。
「誉が寝てる横で目隠しプレイ連続絶頂ハメ撮……「だからしねえっつってんだろ!!……」」
——うん、前言撤回。俺はやっぱり普通がいい。
どこまでも残念すぎる誉と秀をシバいていたら気分が晴れてきて、そのまま家に向けて歩き出した。
——スッキリしたし、家帰ってご飯食べよ。
しかし執着心と巨大な岩石よりも重く、闇よりも黒い愛しかない倫理観ゼロの2人に、18年かけて全ての退路を断たれているとは露ほどにも気がついていなかった。
束の間の〝普通〟を満喫しながら、足取り軽く家路を急いだ。
「ただいまー」
意気揚々とリビングまで行ったのはいいが、体が固まって動けなくなった。
両親の頭の上に何やらリモコンアンテナのようなものがついているのが分かったからだ。
「親父……お袋、それ……何?」
凝視したまま指を差す。
今朝家を出る時にはなかった筈だ。なかったよな? と自問自答して頷く。
「何って?」
「いや、その頭の上のもの!」
「何かあるの? 何もないけど?」
両親が不思議そうな顔で頭の上を触っている。
しかもそのアンテナは触ろうとした二人の手を透過した。
——え? なに? 俺が変なのか? 幻覚?
動揺していると、背後から慣れた気配を感じて勢いよく振り返る。
そこには誉と秀がいた。
「お義母さん、ただいま〜!」
「……いま帰った」
「は?」
「誉くん、秀くんもおかえりなさい。今日は3人が付き合って19回目のお祝いだからたくさんご馳走作ったわよ。来年の挙式楽しみね!」
「わー、嬉しい! お義母さんの料理、俺大好き」
「腹減った」
「ええええ? ちょ、待って……。は? 何言ってんのお袋!? つか、お前らまで何!? どうやってうちに入ってきた!?」
慌てた。それはもう盛大なまでに慌てた。
こうまで〝現実がおかしい〟と、今度はまるで自分が宇宙人になった気分になってくる。
——なになになに、どういう事? これ夢? 何処から夢!?
もう混乱を極めて錯乱している。
「え、普通に鍵を開けて入ってきたんだけど?」
そんなわけない。
二人に鍵なんて渡していないし、そんな余分な合鍵を作った覚えもない。
パンク寸前の思考回路をフル稼働させていた。
「鍵? え、鍵? え? 何で? え、つか、そんな事よりあのアンテナは?」
「お前の両親は俺らがリモコンで操作できるように、昔深海にいたタコの婆さんに頼んで少しずつ呪いをかけておいた」
秀が真剣な顔で言った。
「倫理観仕事しろーーーーっ!!!!」
近所迷惑も顧みずに叫ぶ。
横隔膜も震わせて叫んだ。
「律希、声大きいよ。お義母さんたちもビックリしてるから」
「お前が黙れ誉っ!! 俺の親をお義母さんて呼ぶな!」
何処に行った? 何故消えた!? おい倫理観っ、コイツらの中から居なくなったらダメだろっ!
「だからー、さっき秀が〝諦めろ〟って言ってたでしょ? 1回逃してあげたのにさ、律希から俺の部屋に来た時点でもう詰んでたんだよ。あれで無事に呪いも完成したしね〜!」
——嫌だ。こんなの嫌だ。何で俺コイツらと知り合ったんだろう。何で今日誉の部屋に行った!? バカか俺!!
床に蹲った。
プツン……と心のスイッチが下りる。否、折れた。
「あ……違う、漫画だ。これ……クソ誉が描いた漫画なんだろ? うん。漫画が良い。漫画見てる夢だろ……これ?」
現実逃避は大切だ。
心を守る武器になる。
心を守るの大事。とっても大切。
現実なんて要らない……。
それこそ海の藻屑となれ。
「え、漫画って……律希もしかしてあの同人誌みたいに俺ら以外にも犯されたいの? 俺は良いよ? 超萌えるから。お仕置きセックス楽しかったね! 律希感じまくってマジで目がハートだったもんね。可愛かった〜。毎日見たい。滾る。で、いつする? 海の生物がいい? それとも山? 陸に上がって色んな人外とも知り合いになったから選びたい放題だよ? その前に海でさ、俺と秀の2輪挿しで産卵プレイしない!?」
生き生きとした表情で口早に問いかけられ、律希は無言で立ち上がると取り出してきたガムテープをその口に貼ってリビングの扉から外に放り出した。
扉をバンバンと叩いているがスルーだ。
「おかわり」
「普通に飯食ってんじゃねーよ!」
当たり前のように白米をおかわりしている秀の口にも誉と同じようにガムテープを貼って外に放り出す。
しっかりと鍵を閉めてカーテンも閉じた。
「どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
オロオロとしている両親に向けてニッコリ微笑む。
「プレイだから気にしないでいいよ」
そんな事を言う日が来るなんて夢にも思わなかった。
——悲しくて泣ける。一気に白髪が増えそう。嫌、病む。もう砂になって消えたい。
「そうなのね。安心した」
「はは、お前も目覚めたか」
「……」
——本当にお願いします。倫理観……帰ってきて仕事してください。普通の常識人だった両親を返して? 今なら土下座でも何でもします。俺に普通を返してください。
食欲は失せていたが律希は頑張って食べた。
外から扉を叩く音が煩い。
口にしてみた飯は最高に美味しくて笑みが溢れた。
ガンガンガンガンッ!
無視。スルースキル向上中。
——ご飯って美味しい。最高。一人最高。アイツらが居ないんなら生きててもいい。
その日、不思議な夢を見た。
漁港にいる自分が網にかかっていた妙な生き物たちを逃す夢だ。
『もう行っても大丈夫だよ』
『——、——』
何て言っているのか良くわからなかったので、妙な生き物たちに向けて曖昧に微笑んで見せた。
『——、——』
『???』
何度聞いても分からない。
でも綺麗な音を奏でる言葉は、絵本の中で見た物語を再現しているようでワクワクした。
『んー? 良く分からないけど、いいよ。約束だよ?』
もしかしたら、ありがとうとお礼を言ってたり、今度遊ぼうね、とか言っているのかも知れない。
海に帰っていく生き物たちに手を振った。
その後、海で溺れて三日間も死の淵を彷徨っていたのもあって、今の今まで忘れていた。 )))))4へ
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