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ドントリメンバー


きっと、きっと、どこまでも、あなたの面影を見つけては、わたしは何度もこの感情を持て余す。


(あ、好きなマンガ新刊出てる)


ふと立ち寄ったレンタルショップで、買い集めてはいないが読み続けている漫画を見つけて手に取った。
表紙は好きなキャラクターと主人公のイラストで、少しだけ気持ちが浮き立った。
パラッとページを幾つかめくると、ふと心がざわめいた。
好きなキャラクターが主人公にそっと触れる、心底お前が欲しいと伝える、けれども絶対に彼女の望まないことはしない。


ふいに、頭の片隅でいくつかのできごとが走馬燈のように流れた。
冗談のように俺のこと好き?と聞いた声。囁くように俺もと呟いた声。
ヤキモチ妬いとこうかな、と笑った顔。
猫のように丸くなる身体を、そっと撫でた時の温もり。


最後の夜を何度も思い出す。わたしはどこまでも、意気地無しだった。
別れを伝えられなかった。また、会える振りをして、何も言わずに連絡先を変えた。


記憶はどこまでも記憶でしかない。あなたがいた存在は覚えていても、あなたの体温、匂い、声はいちばんに消えていってしまう。
どんな会話をして、どんな声でわたしを呼んで、どんな風にあなたが笑ってくれたのか、わたしはすっかり忘れてしまった。


朝目覚めて、珈琲を一口飲んでは好きだと思う。夕闇に染まる町並みが流れていく電車の窓を見ては、会いたいと思う。
なのにあなたはわたしのことなど、きっととうの昔に忘れてしまっているのだろう。


ふと溢れそうになるものを誤魔化すように目を閉じた。
あなたはわたしを欲しがらない。今までも、これから先も、ずっと。
だから欲しかったのかもしれない。どうしても。


あなたに出会ったことを何度後悔しただろう。
あなたの手を取ったことを、何度嘆いたことだろう。
こんな絵にさえすら、あなたの面影を見つけてはあなたのそばに駆け出してしまいたくなってしまうわたしの愚かさを、何度嘲ったろう。
きっと、きっと、どこまでも、あなたの面影を見つけては、わたしは何度もこの感情を持て余す。
あなたが欲しくて仕方なかった。あなたはわたしを欲しがらなかった。
だから、体だけ。ただそれだけ。それだけのこと。


ぱたん、と漫画を閉じる。棚に丁寧に戻して、踵を返した。
ふと視線を彷徨わせる。どうかここにあなたがいてくれたら、と思っているわたしはただ、愚かだった。

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