【SS】これは散文である
いつもの散歩道を歩いていると、鼻を衝く匂いがした。
それが焦げ臭さだといち早く理解したのは、周りを見回した己の視覚だった。
昨日まで日常にあったその家が、焼失していた。
鼻にその焦げ臭さを残したまま、私は自宅に帰った。
知る必要などなかったかもしれない。しかし、現代の物騒さを感じていた私だから、普段は避けているニュースを調べたのだと思う。そして私は、その厄火で人が亡くなっていたことを知った。
未だ鼻に残るあの臭いが、焼き払われた生活と、亡くなった命の残滓のように思えた。赤の他人に起きた不幸とはいえ、散歩道という生活の一部に起きたことであるせいか、おこがましくも物悲しさを覚えていた。
想像は心を取り巻く螺旋となり、故人についての思考が脳に巡る。
心が黒い淵に沈んでいくのがわかる。このままではいけない。
我に返った私はそれに呑まれてはならないと思い、温かい茶を用意して啜った。熱い溜め息で、それを吐き出せたような気がした。
何気ない日々というのは貴く、何にも代えがたいものだ。
週刊誌のようなインターネットと殺気立つ社会に辟易して疲れている今だからこそ、全て投げ出したくなったときは大切な人達、大切にしてくれる人達の顔を思い出そう。
生を選べる限りは、不器用に生き続けよう。
不格好でも、足掻いて見せよう。
ここしばらく、私は自分自身の感情にかかわる言葉を顕現するのを避けていた。これは文字通り、散文だ。
明日を生きるため、私は今日の帳を降ろす。
願わくば世界よ、平和であれ。
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