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[小説]ワードウブツスレイヤー:EP2

●百合重点ワードウブツ二次DIYの第2話な●
承前

最も高名な生体解剖医もうらやむほどの巧みさをもって、この昆虫は、毒針で筋刺激のみなもとである神経中枢を傷つける……生贄の正確な解剖学が毒針を導くのである。刺をもったジガバチは毛虫を獲物にし、それの異なった体節を一つずつ処理していくのだが……--Deleuze「本能と制度」

夜更け、ほんの束の間の雨止みをめいっぱい楽しもうとするかのようにスラム街路を突っ切っていくバイク。

「アバーッ!」

道端で雨水を啜っていた浮浪者轢殺! バイクに乗る無軌道学生アベックは顧みることなく、タイヤを泥水で洗いながら加速していく。しかし土地勘に乏しい彼らは、交差点に差し掛かったところでしめやかに停車した。普段の行動エリア内にある退廃ホテルがすべて満室だったため、彼らはこうして無軌道に見知らぬスラムへ入り込み、空室を探しているのだ!

だが街並みのネオンは進めば進むほど貧しくなっていくばかりで、この先に目当てのものがあるアトモスフィアは感じられない。もちろん、深夜デートめいてこうして浮浪者を轢殺しながらバイクを走らせるのもタノシイだ、しかし今はそれよりも前後。交差点のど真ん中に停車したまま、男は待ちきれなくなった様子で振り向き、連れの無軌道学生のバストを揉み始め……「アイエッ、寝ちゃった……?」と、すぐに首を傾げた。反応がまるでないのだ。ブーン、ブブーン……虫の羽音めいた雑音だけが漂う、一瞬の静謐。

「アイエエエエエ!?」

そして男の悲鳴が夜に轟く中、連れはぐらりと横に傾き、シートにまたがったままの体勢でアスファルトに転げ落ちた。死後硬直めいて微動だにしない、見開かれたままの両の瞳が彼を見上げる。ブーン、ブブーン……羽音。無軌道学生は再度絶叫しながらバランスを崩してバイクごと倒れ、不可抗力的に羽音のほう、頭上を見上げた。そこに浮遊していたのはジガバチ・トライブのワードウブツ怪人!

「アイエエエエ!!」

黒の胴体に黄色の手足をもつヒト型の体躯、しかし頭は複眼といかめしい顎を持ったハチそのものであり……左右の腕の先から1メートルの毒針、背からはくすんだ茶の羽根を生やしている! コワイ!

「マヒ毒だ。死んではいない……餌は新鮮が肝心」

顎をガチガチと掻き鳴らしながら、少し甲高い声でソレは告げた。ブーン…………羽音が低くなり、浮遊していた怪人がアスファルトにヤリめいた勢いで降り立って路面を砕く。学生はすでに二度失禁した上に腰を抜かし、連れを見捨てて這い出していた。そのブザマな腰の付け根へと、長い針は無慈悲に突き立てられた。

「ブッダファック!? シールナンデ!?」

早朝からナギリの絶叫が安アパート住宅区の街かどに響き、路地裏でまだ眠っていたバイオスズメたちを飛び散らせた。

それは寝起き……安アパートの一室、目を覚ましたナギリは隣で寝ているはずのトモリの姿がないことを知るや、何か嫌な予感がして三階の部屋の窓から飛び降りた。そして駐輪場で、ウエハース・オマケめいたシールをべたべたと貼られた自分の愛車アマゾンカタナ・モーターサイクルを発見、さらにその傍らに、得意げにシールを台紙から剥がしてはバイクに貼っているトモリの姿を発見したのだ。

「てめェ、ゲロスケチャンっ、シールナンデ!!」
「ドーモおはようございますナギリ=サン!」

トモリは早朝から元気で笑顔であり、ナギリは実際カワイイだと思って頬とかを触りたくなった。しかし今はそんな場合ではない。こうしている間にもシールがまた一枚、アマゾンカタナの紺碧色のボディに貼られている! それは自分たちが所属する動物保護団体・タイバードネイルズのエンブレムシールであり、広報効果が重点! しかし決定的にダサいし、そもそも貼り方が電柱とかの退廃チラシと大差なくセンスの無さがあった。

ナギリはトモリを押しやり、愛車のかたわらにしゃがんでシールを剥がし始める。不満げにむくれているトモリだったが、携帯通信機のコール音が鳴りだすと戦闘的保護団体活動家のアトモスフィアに戻り、本部からの伝達に真剣な相槌を打った。ナギリは再び跳躍してアパート三階の自室窓へ飛び込み、耐重金属酸性雨オーガニック革ジャケットとジーンズに着替え、今度は戸締りをして玄関から退出! 再び駐輪場に戻るとトモリはすでにアマゾンカタナのタンデムシートにまたがり準備万端だ!

「すぐ近くのスラム区画で有害ワードウブツ出現です!」

言い終えるのを待たず水平対向六気筒エンジンが唸り、リヤの両側に三本ずつ突き出した竹槍めいたマフラーが奥ゆかしい薄煙を噴く! クラッチレバーを握り込んだナギリの背にトモリがしっかり掴まったのを合図に、紺碧の鉄塊・アマゾンカタナは駐輪場を飛び出した。

明け方の住宅区にすれ違うものはいない。ナギリはハンドルバー周りにも抜け目なく貼られていたシールを剥がしては捨てながら、たまに路上就寝中の浮浪者を巧みに避けつつアクセルを開けていく。

「ナギリ=サン! 今朝、夢を見ました!」
「アー……何だよいきなり」
「ナギリ=サンがアブナイのとき、ボクがほ…、その、骨ッ、をオメーンのマキモノに入れてあげるんです!」

向かい風の唸り、エンジンの轟きに負けないようにと耳元で声を張るトモリ。ナギリは革ジャケットの下、腰に巻いたベルトのワータヌキ・オメーンがどくんと脈打つのを覚えた。オメーンは実際生きている。これは比喩ではない。

「ンン……まァな、あながち夢でもないかもな、そーいうの」

ナギリはサイドミラーを傾けてトモリの顔を映し、太い眉・丸みある目の輪郭・割と平らな鼻の顔立ちに、彼女の姉・アカリの面影を重ねた。メガネを外せばもっと似て見えるかもしれない。タイバードネイルズ先代局長、そして永遠の恋人。彼女は死んだが、遺してくれたワータヌキ・オメーン・ベルトは今もナギリの腰に巻かれて肉体と一体化し、生きている。

夜明け間近の路上は障害物に満ちており、清掃車出動前は人間や野良動物の行き倒れ死骸、錆びた看板、オイランドロイドのスクラップ破片などなどが散乱しているのだ。ナギリはそれらを巧みに擦り抜け、タイヤに無害と判断した場合には轢粉砕しながら、トモリが見た夢を妄想する。経験はある。彼女の姉・アカリは、何度か同じことをしてくれたことがあるからだ。

「よし! その夢のやつ、やってみていいぞ」
「変身ヤッター!」

許可が出るなり、トモリは背後からナギリのジャケットを一気に全開! 裾が風にはためき、そこそこの豊満とワータヌキ・オメーンの変身ベルトが露出!

「ンァッ……お前さ、もうちょっとホラ、アトモスフィアッつーかムードとかさ、ないわけ?」
「目標地点まで間もなくですので、巻いていきます!」

トモリはベルト側面のホルスターから棒状の骨を抜き出し、オメーンが横に咥えるマキモノ内部の空洞へ挿入! するとワータヌキの両眼が発光、マキモノの両端から血霧めいた蒸気がシュウシュウと巻き起こり……ナギリはワードウブツスレイヤーへと変身! クノイチとアマゾネスのアイノコめいて逞しく変貌したその身体を、トモリは神妙に見つめた。

そして畳みかけるようにスラム区画へエントリー、路上に転がって動かなくなっている浮浪者やアフロヘアのスラムボーイ・ガールの姿、中空に浮遊するジガバチのワードウブツ怪人が見えてくる。しかもその数は三体!

「イヤーッ!」

ナギリはいちばん手近の一体に向かって走行マシンから跳躍、トモリがすかさずシート前方へ尻をスライドさせてハンドルを握る! 連携! 飛び付かれ組み付かれたジガバチ怪人はそのまま路面にまで降下押し倒されて背を強打!

「グワーッ!」

割れたアスファルトの粉塵がなお舞い上がる最中、ナギリは呻くジガバチの片腕を掴んで引き千切り、中空からこちらへ向かってくる二体目めがけて毒針ヤリ投げ! 二体目は羽根を唸らせて反転、回避! 同時に三体目がナギリの側面に降り立ち、巨大毒針の突きを仕掛けてくる!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」

ナギリは抑え込んでいた一体目をアスファルトから引き起こし、盾代わりに掲げた。

「アバババーッ!」

毒針が首を貫いて一体目死亡! ナギリは盾を捨てて側転、被害者救助を行うトモリから離れようと後方へ跳躍! 地上から、そして中空から、二体で四本の毒針がナギリの各関節を狙ってぎらめく。羽音が廃住居壁に反響してめちゃくちゃなこだまとなり、救助活動中のトモリの気分を悪くさせる!「ゲボーッ!」嘔吐!

「トモリ!」

ナギリは心配して叫びながら、中空を浮遊するほうへ狙いを定めて……路肩の廃住宅壁面へ跳躍、三角跳び軌道でジガバチへ真横からトビゲリ!

「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」

直撃こそ反転回避されたものの、薄い羽根の片側を掠めて粉砕! 真っ逆さまに落下! ナギリも追撃の落下、そのまま頭部を全体重ストンプ殺! 黄色の体液ゴアが飛び散って悪臭が撒かれる! 「オゴーッ!」トモリが嘔吐!

ナギリはすかさず足もとの死体からまた毒針付きの腕を引き千切り、最後の一体を葬らんと構える! ブーン、ブブブーン……しかし新たなジガバチ怪人がそこで二体も追加エントリー! 「巣を叩かなければ、ファック野郎は永遠に差し向けられてくる」トモリが大ファンのパルプ作家・江戸川乱歩もそう書いている。追加ジガバチたちは標的をトモリに定めて一目散! ナギリも目の前の獲物をいったん諦め、追加怪人を追って跳躍した! しかし手負いのジガバチが垂直ジャンプ! 頭上を横切ろうとしたナギリの腹にトビ・ズツキが叩きこまれる!「グワーッ!」落下!

しかし手ぶらでダメージを許すナギリではない。落下しながらも手負いジガバチの脚を掴み、空中で敵を下敷きにしてアスファルトへ激突! バク転ですぐさま跳ね起きてトモリの援護に向かおうとするも……その時、すでに二体の追加ジガバチはトモリの左右に立ち、彼女の両肩関節に毒針をキメていた。「ンアーッ!……」

「ウオォォーッ!!」カジバヂカラ! トモリの危機光景を見せつけられた瞳がフルフェイス・メンポの眼孔を灼熱に赤染める! ナギリは足もとで呻く手負いジガバチの頭部を一撃蹴り千切り殺! 暴力! しかし死後硬直めいて動かなくなったトモリやスラム・ボーイたちを抱えたジガバチ怪人は飛び立ち、巣へと帰らんとして急ぐ! ブブーーン…………かなりハヤイ! ナギリはメンポ眼孔を光らせたまま跳躍してアマゾンカタナにライド、爆音を上げて追跡を開始した! そう、巣を叩き、ファック・ワードウブツ野郎どもを惨たらしく全滅させるために、走れ!

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