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なぜ平凡なライターがエッセイの自主連載を始めたのか

 エッセイを仕事にしたい。

 そう思っている人は多いだろう。私もその一人である。自分の好きな文章を書いて生活できたら楽しいし、雑誌に自分の記事が載ったら周りに自慢できる。収入も名誉も得られて、最高の気分だろう。

 だが「エッセイ 募集」で検索すると、公募しか出てこない。エッセイストの有償依頼はないのが現実だ。私はライターであるためよく案件を探すのだが、エッセイストの案件は見たことがない。

 だから私も諦めていた。「自分にはできないのだ」と。そこでハッと閃いた。

「そうだ、私も自主連載しよう!」

 世の中にはブログや小説投稿サイトへ自主的に作品を載せ、エッセイストを名乗る輩がいる。商業作家ではないのに世間からも「エッセイストだ」と認知されていて、見ている側としては悔しい限り。

 だが逆に言えば、私も同じことをしてエッセイストを名乗ってもよいのだ。

 違いは<やっているか、やっていないか>だけ。
 だったらやらない手はない。むしろやっている人間と差を付けられる。やらないだけで悪手なのだ。

「私もエッセイを書くぞ!」
 こうして「私エッセイスト化計画」がスタートした。

 ただ、いざやろうとしたら困ってしまった。何を書いたらいいのかわからないのだ。
 将来的に書籍化する時のことを考えると、一貫性があるものがいいだろう。まずはエッセイの全体像を考えて、テーマを決めて。書籍化には十万字が必要というから、一話あたりの文字数は……。などなど、考えるべきことが無数に出てきた。どうしたらいいか決められず、計画は頓挫してしまった。

 そんなある日、私は新型コロナウイルスに感染した。症状もひどかったが、病院予約が取れなくて本当に最悪だった。特に発症初期の四日間は寝たきり状態だった。

「いつかこの鬱憤を書きまくってやる!」
 病床で怒りに燃える私。しかし、ふと冷静になったら、これがエッセイのネタになると思った。

 病院に行った時に正確な症状が伝えられるよう、日時と症状をメモしていた。これを詳しく書いていけば、エッセイになるだろう。怒りが書きたい意欲に変わり、止まらない。

 症状が落ち着くと、私はパソコンに向かった。滝のような汗をかきながら、自分の身に起こったことを書き連ねた。

 もう体裁や更新頻度なんかどうでもいい。とにかく書きたい。読まれたい。この思いをわかってほしい。その一心で書き続ける。読みやすさは考えたが、読まれるかなんて一切考えない。構成も考えず、心の赴くままにひたすらタイピング。思いつきで書き始めたのに、気づいたらかなりの文量が書けていた。

「エッセイを書いたら、noteに発表しよう」
 以前から決めていたことだ。だから第一話を公開すると決めたら、さっさとアカウントを作った。そして第一話の公開ボタンを押した時、私は脱力した。自分自身が信じられなかった。

「ついにやったぞ……!」

 私は震えた。公開した時の感想は「恐怖」だったからだ。内容が内容だけに、叩かれはしないか。炎上したり吊るし上げられでもしたら……。悪い想像をすると、心臓がキュッと痛む。
 しかし、読まれなければ炎上はしない。というか、炎上するほどに注目されないだろう。むしろ炎上したら多くの人に読まれるな。なんて内心怯えつつも、私はTwitterにエッセイを書いた旨を投稿した。

 結果は予想外のものだった。noteの投稿にスキが着いたのだ。しかもまったく知らない人から。Twitter上での繋がりもない。たったそれだけで、自分のすべてが認められたような気がした。

 Twitterにも多くのいいねがついた。普段交流がないフォロワーから「私もたらい回しにされて大変でした!」というコメントをもらった。それだけで、心の距離が縮まったように思えた。

「勇気を出してエッセイを公開して、本当によかった」
 バッシングされる恐怖は、いつの間にか消えていた。

 今では心が赴くままにエッセイを書き連ねている。あくまで自主連載なんだし、自分の好きにしたって構わない。過度なプレッシャーを感じて書けないくらいなら、のびのびと好きに書こうと決めた。

 最初は仕事にしたいと思っていたエッセイだが、収入が確保されている状態なら仕事する必要はないと思えた。それほどに、自主連載のエッセイは楽しい。そう思えるのは、実際にエッセイを書いて発表したからだ。万事塞翁が馬とはいうが、まさかコロナの後にこんなラッキーが待っているとは思わなかった。コロナと頑張って闘病した自分に御礼を言いたい気分だ。

あの時やってみて、本当によかった。


こんなところまで読んでくださって、ありがとうございます!