「群青色」
沢山の一万円札を浮かべた湯船に浸りながら、八十年物の白ワインを口に含む。
そして、僕の脳はアルコールの気持ち良さに負け、のぼせ、狭い湯船に沈んで行く。
目を開けるとそこには、絵でしか見た事がない伝説の海中都市アトランティスが広がっていた。
綺麗と不思議が僕の目に焼き付かれた瞬間、急に息が苦しくなり、そのままゆっくりと気が遠のいて行く。
今までの僕の人生の全てが早送りされている。
そんなに悪い人生では無かった。
強いて言うなら、岡田と出逢って無ければ最高の人生だったかもしれない。
「…起きなさい。…起きたまえ。」
何者かに呼び起こされ、有り余る力を瞼に注ぎ目を開けると、そこには混じり気の無い蒼とほんの少しの白が広がっていた。
まさか、深海の次は天国に来るとは。
驚くままに上半身を起こすと、目の前には黄土色の砂浜と群青色の海。
そして、白髪白髭の老人が自分より丈のある木の棒を持って静かに立っていた。
「天国って…こんな感じなんだな。」
そう僕が呟いたと同時に目の前の神様が眉を潜めて白髭で隠れた口を開く。
「天国…。うむ。ある意味、そうかもしれぬな。」
ハテナが浮かんだ。
「…ある意味?え、だってその…僕は深海の中で溺れ死んだんですよね?…ん?違うか。これはまだ夢の中なのか。」
僕は混乱を抑えるべく、一人で淡々と解釈を述べていると神様はただ首を二回横に振り、持っていた木の棒で僕の頭を叩いた。
「痛っ!え、何するんですかいきなり!…ん?…痛い?…ん?え、痛いんですけどこれは…?」
「夢なんかじゃあ無い。そして君が思ってる様な所でも無い。まぁ、人によっては君が思ってるソレみたいな所かもしれぬがの。」
神様には大変失礼だが、今の僕は混乱し過ぎて全く話が入って来る気配すら無い。
落ち着け、落ち着け…そう何度も言い聞かせて記憶の道を辿って行く。
海中都市アトランティス、八十年物の白ワイン、沢山の一万円札を浮かべた湯船。
その先に僅かに見えた、崖に立つ人の姿。
そのまた先を思い浮かべようとすると、それ以上はダメだと言われているかの様に頭の中を何かが強く鳴り響く。
「ここは名も無き孤島。ワシも若い頃に気付いたら君の様にこの砂浜に打ち上げられておった。それから何年かに一回の周期でここに人が打ち上げられておる。…君で七人目じゃ。」
僕は神様の顔を見て、そのままそっと群青色の海を見た。