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10夜の話

タイトル   アドバイスと予言

 2年間毎日、書けるだけの文章を垂れ流してごらん。君なら、『おれってすげえじゃん』って思えるようになるよ。

 大学生のころ、はじめての小説をかきあげたばかりの僕にとって、プロの小説家は憧れの存在だった。これまでの人生で、商業出版の経験のある人には3人出会ったことがあるが、彼らは揃って僕にシンプルなアドバイスを授けてくれた。

『とにかくもっと沢山書くことだ』彼らはいった。

 一人目の老作家は、僕の原稿を読んで才気を感じると言った。その小説は僕の身の上話を多分に含んだものだった。老作家は付け加えた。

『しかし、君は十年かかると思う』

 二十歳になったばかりの僕にとって、十年という歳月はもう一回、これまでの人生を生き直すのに等しいと思えた。もっとはやく世の中に作品を発表することはできないのか、それまで僕は何をしていればいいのでしょう、と質問した。

『色々な作品を読むことは、30歳くらいまでの作家の玉子には必要なことだろう』

 それから僕は色々な作品に触れてみることにした。小説だけでなく、哲学や心理学や政治にも興味を持って読み耽った。友人の音楽家の経営している芝居小屋についていってジャズや前衛ロック、演劇、などを見聞きした。

 ある芝居を見た日、音楽家の友人がお前に紹介したい人がいるんだといった。僕は グランドピアノのまえの木のテーブルで徳利を傾けている高齢の男に紹介された。彼が2人目の小説家だった。彼は僕の目のを見ると、訊ねた。

『作家になりたいらしいな、好きな作家を全部いつてみな』

 僕は思いつく限りの作家を頭から絞り出して答えていった。 

『…カポーティ』

『いいねぇ』

『ガルシア・マルケス』

 僕がその名を口にしたとき、その男は『お前、すげぇな』と言った。そしていった。『脚本を勉強するのもいいが、2年間思いつく限りの文章をなんでもいいから垂れ流してごらん』

 僕はその頃から、読書はするが書かない作家志望という存在になりつつあった。そのおかげで多くの本を読めたのだけれど、自分の表現するというところから離れてしまったのだ。

 3人目の作家は30代半ばの男で、僕とは同僚でもあった。彼はことあるごとに、『書くことですよ』と僕に忠告してくれたのだが、僕は気まぐれに書くことしかしなかった。

 いま僕はひとりめの作家の予言した30才に近づきつつあるのだけれど、残る2年間毎日できる限りの文章を書いていこうと思うのだった。

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