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【“長T”で隠すって本当ですか?】

前節で、式会社三天被服の代表、東谷麗子さんは、こう語った。

「そうそう、建築業の女性の方の必須アイテムをご存知ですか?“長T”です。長袖のTシャツ。何故か?例えば、一旦作業に取り掛かると、きりが付くまでその場を離れられない。気になりながらもトイレに行けない。やっと一区切りついてトイレに行けたと思ったら漏れていた。そうした際に、その長Tを腰に巻いて漏れを隠すそうですよ。」

この言葉が気になっていた。ホンマか!?
もちろん、東谷さんは信頼できる人物なのでウケ狙いの作り話とは思わないが、文末の「・・・そうですよ」と言う伝聞形式なのがやはり気にかかる。
そこで、裏を取ろうと、この方に取材を依頼した。
2021年に立ち上がったばかりの団体「一般社団法人女性技能者協会」の代表・石川(旧姓:前中)由希恵さんだ。「現場における生理の問題」と言う実にセンシティブなテーマに関するインタビューで、なおかつ初対面の人間からの厚かましいお願いだったにもかかわらず、二つ返事で取材に応じてくださった。

「一般社団法人女性技能者協会」の代表・石川(旧姓:前中)由希恵さん

まず、この団体は「女性が建設現場を変える」と言う思いから結成されたもので、大工や左官、クロス職人や塗装職人など建設現場で働く様々な女性技能者を中心に構成されていて、代表の石川さんは電気工事士である。
高校を卒業と同時に、決して希望していた仕事ではなかったものの、彼女の言葉を借りれば「ズルズルとこの業界に入っていった」と言うことだが、そのキャリアは間もなく20年を迎え、職人としては脂が乗り切っている時期となる。そんな彼女に、この“長T”の話題を振ってみた。
すると、その答えは・・・

「長Tは巻かないですよ」

なんと!
やはり噂に過ぎなかったか、と思う間もなく石川さんは言葉を継いだ。

「私たちには、腰道具があるんで」

“腰道具”はご存知か?
職人たちが作業に使う道具を腰に装着するためのベルトや袋、ホルダーなどの総称。マイナスドライバーやニッパやペンチ、テスターなどを下げているあの重そうなベルトのことだ。
確かに腰から臀部をグルリと覆い隠している。
石川さんは笑いながら言った。

「あれが長T代わりですね」

なるほど!しかし、それでもこんな経験があるそうだ。

「一回、指摘された経験はありますよ。社長からね。『お前、トイレ行ってこい』とね」

そうなのか。何故、こうしたことが起こるのか。それは前節でも少し出てきたが、生理には「トイレ問題」と言うのがセットになっているからだ。
一口に「トイレ問題」と言っても実は様々あるようなのだが、一番は「そんなにしょっちゅうトイレには行けない問題」。しかし、建設現場の場合は、さらに「トイレに行きたくない問題」と言うのが勃発する。
石川さんはこう話す。

「建設現場では、女性用のトイレがないところが未だにあります。そして、そうした男女兼用のトイレでは、使い方が悪く、ドアを開けた途端、ワァ!となるようなケースもあるんです。そもそも、そうしたトイレは、極力使いたくないじゃないですか。だから、普段でも、水を飲まないようにして、トイレに行かないで済むようにするんですが、生理となると、時間おきに(ナプキンを)替えていかないといけないので、使わざるをえない。でも、極力は、そんなトイレなど使いたくないんです」

少し語気が強くなった感のある石川さんに、また、何とも呆けた質問をすることになる。

「そんなに頻繁にトイレに行かねばならないのですか?」

石川さんは、呆れることなく、丁寧に答えてくれた。

「人によります。人によって量とかも違うし。多い人は、夜用のナプキン、吸水が多いものをつけていても、何度も替えねば追いつかないと言うケースもあります。私は普通だと思いますが、現場に出る際はナプキンは常に“多い日用”とか“夜用”を付けるようにしています。それでも何回かは漏れてしまった経験があります。」

さらに、呆けた質問を重ねる。

「あのぉ、“多い日用”とか“夜用”とかを付けて作業をするとなると、あのぉ、ゴワゴワしませんか?」

石川さんは即答。

「しますよ!長時間していたら、蒸れもするし、最悪ですよ。」

そうなのか。
にもかかわらず、行きたくないトイレが未だ存在する。世界でも清潔な国の上位にランクインされる日本なのに。完成した暁にはそうした“跡”を微塵も感じさせない綺麗な建物になるはずなのに。でも、これが現実。そうした中、石川さんの願いは実にシンプルなものだった。

「男性のトイレから少し離れたところに女性用のトイレがあればいいんですが。例えば、男女それぞれあったとしても二つ並んでいる場合がある。だいたいトイレの前が休憩場所で、そこで『あっ、女が来た』であるとか『長いこと入っているなぁ』と言うような雰囲気で男性陣から見られると、そんなトイレには行けません。便秘にもなります。また、女性用トイレがあったとしても、サニタリーボックスが置いていない場合がある。多分、そうした現場では、男性用にもゴミ箱は置かれていない。となると男女関係なくゴミの処理に困る。例えばトイレットペーパーを使い切った後の芯が、トイレの床面に散乱している。そうしたトイレ、男性も使いたくないでしょ!?」

はい。確かに。
もちろん、石川さんがこの業界に入った頃と比べて大いに改善はしている。大手の建設会社であれば女性の現場監督も増えたと言う。そうした女性監督のいる現場であれば、トイレは綺麗で、ハンドドライヤーまで設置されているところもあるらしい。しかし、それは大手企業での現場に限られていて、依然、トイレットペーパーの芯が散乱している“便所”もあるのだ。
石川さんは、こうも話す。

「現場だからトイレは汚くて当たり前、仕方がないと言う発想が依然存在するんだと思います。費用を切り詰めようとすると、こんな風にまずトイレからとなる。しかし、そんなトイレでいい仕事が出来る訳がない。実際、女性職人の中には『あんなトイレのところでは働けない』と仕事を辞めていく人もいる。男性だってそう思っている人はおられると思いますよ。おかしいと思っていても、それを声に出せない。それこそがおかしいと思うんです」

最近よく聞く「生理の貧困」と言う言葉があるように、生理の問題って、経済と結びついている部分が多い気がする。今回で言うと大手企業とそれ以外の企業との格差。また、発注する側と請け負う側の力関係など。そうした両者の間では「生理の問題」など議論の対象にすらならないのだ。
それでいいのか?
最後に「女性って大変ですね」と水を向けると、石川さんはこう返した。

「男性も大変ではないですか。男らしさを常に求められたり、また、自分が家族を養わなければならないと言うプレッシャーが常にあったりと。男性は男性で大変ですよね」

ボクは、曖昧な笑みを浮かべ、インタビューは終了した。
ボクは、石川さんへの取材を通して感じることが出来たことがある。
「生理は女性だけの問題ではない。社会の問題なんだ」と。
視点を変えたり、あるいは視る点は同じであったとしても、遠くから見たり、反対に超・至近距離から見たりすると、また違ったものも見えて来て、例えば、建設現場の仮設トイレと言うフィルターを通せば、男性も生理に関して当事者意識を持つことが出来る気がしてきた。
まだ漠然と、だけれど。
でも、不可能ではない気がしてきた。

(一社)女性技能者協会|建設産業女性定着支援ネットワーク|建設産業女性定着支援WEB (kensetsu-kikin.jp)





 

そうなのか。にもかかわらず、行きたくないトイレが未だ存在する。世界でも清潔な国の上位にランクインされる日本なのに。完成した暁にはそうした“跡”を微塵も感じさせない綺麗な建物になるはずなのに。でも、これが現実。そうした中、石川さんの願いは実にシンプルなものだった。
「男性のトイレから少し離れたところに女性用のトイレがあればいいんですが。例えば、男女それぞれあったとしても二つ並んでいる場合がある。だいたいトイレの前が休憩場所で、そこで『あっ、女が来た』であるとか『長いこと入っているなぁ』と言うような雰囲気で男性陣から見られると、そんなトイレには行けません。便秘にもなります。また、女性用トイレがあったとしても、サニタリーボックスが置いていない場合がある。多分、そうした現場では、男性用にもゴミ箱は置かれていない。となると男女関係なくゴミの処理に困る。例えばトイレットペーパーを使い切った後の芯が、トイレの床面に散乱している。そうしたトイレ、男性も使いたくないでしょ!?」
はい。確かに。
もちろん、石川さんがこの業界に入った頃と比べて大いに改善はしている。大手の建設会社であれば女性の現場監督も増えたと言う。そうした女性監督のいる現場であれば、トイレは綺麗で、ハンドドライヤーまで設置されているところもあるらしい。しかし、それは大手企業での現場に限られていて、依然、トイレットペーパーの芯が散乱している“便所”もあるのだ。
石川さんは、こうも話す。
「現場だからトイレは汚くて当たり前、仕方がないと言う発想が依然存在するんだと思います。費用を切り詰めようとすると、こんな風にまずトイレからとなる。しかし、そんなトイレでいい仕事が出来る訳がない。実際、女性職人の中には『あんなトイレのところでは働けない』と仕事を辞めていく人もいる。男性だってそう思っている人はおられると思いますよ。おかしいと思っていても、それを声に出せない。それこそがおかしいと思うんです」

最近よく聞く「生理の貧困」と言う言葉があるように、生理の問題って、経済と結びついている部分が多い気がする。今回で言うと大手企業とそれ以外の企業との格差。また、発注する側と請け負う側の力関係など。そうした両者の間では「生理の問題」など議論の対象にすらならないのだ。それでいいのか?
「女性って大変ですね」と水を向けると、石川さんはこう返した。
「男性も大変ではないですか。男らしさを常に求められたり、また、自分が家族を養わなければならないと言うプレッシャーが常にあったりと。男性は男性で大変ですよね」
ボクは、曖昧な笑みを浮かべ、インタビューは終了した。
ボクは、石川さんへの取材を通して感じることが出来たことがある。
「生理は女性だけの問題ではない。社会の問題なんだ」と。
視点を変えたり、あるいは視る点は同じであったとしても、遠くから見たり、反対に超・至近距離から見たりすると、また違ったものも見えて来て、例えば、建設現場の仮設トイレと言うフィルターを通せば、男性も生理に関して当事者意識を持つことが出来る気がしてきた。まだ漠然と、だけれど。でも、不可能ではない気がしてきた。


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