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『廃色/ハイイロ』

700字程度の掌編小説です。記憶の中にありました。


私は色が好きだった。昔から絵をかくのが好きで、色の出方にこだわりがあった。赤は鮮やかに、ピンクは華やかに、緑は草木のように、青は心がすうっと軽くなるように。絵を描く時間よりも絵具を混ぜて色を作っている時間の方が長かった記憶がある。もしかすると、絵を「完成」させるというよりも、色を「完成」させていたのかもしれない。

 十数年前のある日、5才だったわたしが村のはずれにある川辺で絵を描こうと外へ出ると、妙な空気感が漂っていた。目の前が全体的に黒い靄(モヤ)がかかったような、そんな空気感だった。すれ違う人々はこの異変に気が付いていないようで、とても不思議に感じていたわたしは後になってこの異変の真相がわかった。

 わたしの暮らす集落では昔から植物から絵具の素となる色を取り出し、それに特殊な加工を施したノリを混ぜて作った絵具を使っていた。それがどうも可笑しいようで、色素を取り出す前にはなかったはずの毒素が絵具を作る段階で発生するらしく特殊なノリはその毒素を抑えるためだそうだ。毒素が抑えられるものの、完全に消えた訳ではなく少しは残留しているそうだ。長時間絵の具に触れたりしていると、毒素が体に害を与えるらしい。この集落の人々はそれを知っていて色をものの数秒で作る技術が身についているのだが、わたしは色の出方にこだわって長時間色に目を近づけていたために、目の前に黒い靄がかかって見えている。

 あの後絵を描けるはずもなく、町の医者に処置をしてもらったが毒物に汚染された眼は使い物にならないらしい。私は奇跡的に見えるようにはなったものの、幼少期は悲惨な記憶で塗りたくられたままだ。それから私は色が見えなくなった。


最後までお読みいただきありがとうございます。
次回も読んでいただけると嬉しいです。

梔子。

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