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ダンスと芝居とそれからホスト①

晴れて第2話である。年明けてしまったが。

一体何話まで続いていくのだろうか。
自分の心には決めている、雪が溶けるまではホストの仕事をやめないと。
むしろそこまで続いたらこの先もやっていくのかもしれない。

さて、晴れて「寿銀児朗」という、縁起が良くも激渋な源氏名を手に入れた井上は、LC7番館5Fに新規OPENする「ART SAPPORO」というホストクラブのキャストになったのだ。

↓うちの店のホスホス
https://www.host2.jp/shop/rt-sapporo/

面接その後

店舗OPENの前日11月1日に顔合わせが決まった。

面接では一命を取り留めたものの、今度はホストをやりにくるギラギラ男子たちに囲まれなければならない。顔合わせで殴られたり刺されたりしないか、いじめられちゃうんじゃないか、、、。「一難去ってまた一難」、今この令和の時代までも生き抜いてきた言葉の重みをひしひしと感じる。

井上はそもそも人と仲良くなることがとても苦手である。どうやって仲良くなればいいかわからない。特にイーブンな関係性においては。

「先輩・後輩」というステータスの違いが明確にあれば、それを利用して仲良くなることは割と容易い。どちらにせよ、自分のステータスを下げれば、それで一つ障壁を突破する原動力になる。しかし今回はそれがない。
先輩後輩関係ない、なぜなら今回は経験者未経験者みんな0からのスタートになるから、というトップの方針のためだ。みんなが同じスタートラインに立って競い合っていく。めちゃくちゃ素晴らしい方針だが、それが井上にとっては、やや人間関係を作っていく上ではハードルになる。

どんな相手が来てもいいように、いろんな対策を練る。

「絡んでくる輩がいても、こちらは毅然と振る舞う」
「胸を張って強そうに歩いて、喧嘩を売ったら返り討ちにされると思わせる」
「経験者と思われる人にはどんなに歳が下であろうと、むちゃくちゃこびへつらう」
「いざ殴りかかられたら、どんな手を使ってでも生き延びる」

などなど。自分の命を守るための方策を、中学校2年生男子が退屈な授業中にする妄想よろしく想像を膨らませる。男の子は幾つになってもスーパーヒーローになりたがっている。

そんな、緊張感あふれる顔合わせを前に井上は、ダンス公演のリハをしていた。そして、そのリハのために、顔合わせに遅刻することになっていた。僕がリハをしている間、顔合わせに参加した面々は、なんと、店舗の掃除を、、翌日のオープンに向けた店舗の掃除をしていたというのに、、、!!!


なんてことだ!!!!!!!!!

いつもいつでも井上は、禍の種を育てることに長けている。いらねえよそんな才能。

ギラついた男の子たちが遅れてきた井上に対してヘイトを向けてくる様が簡単に想像できた。年下の男の子たちから、理不尽に叱られる様が簡単に想像できた。ともすれば若さゆえの勢いで暴力を受けるのではないかと不安で不安でたまらなかった。

井上嵩之 a.k.a 寿銀児朗(2023)

顔合わせの時

そうは言っても、ダンス公演の本番は近づいている。舞台に立つものとして、舞台に立ち続けてきたプロとしては、流石に泣き言を言って練習をおろそかにすることはできなかった。いかにダンスの経験が少なかったとしても。

しっかりと踊り通し、疲れ切った体から汗が噴き出てくる。あと10日もすれば観客の前でこの新しい作品を披露することになる。周りのダンサーたちとは経験も技術も圧倒的に足りないが故に、動画を何度も見返して今からでも修正できるところを見つけ出していく。うまくつながらないところはどこだろうか、他の人はどうやっているのだろうか、ということも細かく観察していく。

なんて暇もなく、大急ぎで用意をし顔合わせに向かう。少しでもリンチされる可能性を減らすために。こういう場合は、遅れた時間に比例して可能性が上がっていくはずだ。もはやリスクを0にすることはできないが、可能な限り抑えることはできる。

急ぎ店舗に向かう。

見慣れた風景が、一風変わって映る。

食欲、酒欲、性欲などの様々な欲望があちらこちらに飛び交い僕の頭の上を通り過ぎているだけだったすすきのシティー。しかし店舗へ向かう井上には、その欲望がはっきりと輪郭を持ち始め、呼吸を開始するのがわかった。

目に映るすすきのシティーは、まばらなネオンが雑然ときらめく街ではもはやなかった。自分の歩く道をのみ煌々と照らし、実体を持ち始めた欲望たちが僕を歓迎し、あるいは笑顔で、あるいは含みのある目をしながらこちらを見ていた。

井上はそれに臆することもなく、覇道を歩むが如く勇ましく歩を進める。緊張や不安が興奮と期待へと変わっていくのを感じていたのだ。

そして、ついに、店舗のあるビル「LC七番館」へとたどり着く。ビル入り口の左手には大きなペンギンのキャラクターがにっこり鎮座している。君は僕を歓迎しているのか?それとも、、。

エレベータで5階まで上がり華やかに彩られた店舗のドアの取っ手に手をかける。

「ここでドアを開けば俺はホストだ。本当にいいんだな?」

そう自分に問いかける。

「当然だ。役者なめんな。」

心の中でそう切り返して、井上はついに店の扉を開く。





「おはようございます!!!」


どんな稽古場でもどんな仕事場でも出したことのない明るく爽やかな元気な声で挨拶をする。

「遅れてすみません!」

の声と同時に井上の体はまだ手付かずの仕事を探し回っていた。
なぜならここは戦場だから気を抜いたら死を迎える、物理的に。そう思っていた。

おそらく同様に未経験であろう同僚たちにも媚びへつらうように、謝りつつめっちゃ働きますアピールをする。若さゆえの右ストレートが井上の顔に飛んでこないように。
中でも人当たりが良さそうで温厚そうな人の近くに行き、何かやることはありますかと聞いてみる。無慈悲な暴力から救ってくれそうな気がしたから。
掃除の時間にいることができなかったこの失態を挽回するために必死な顔をして、脳をフル回転させていた。

がしかし、井上がついた頃にはもうほとんどの仕事が終わっており、何もすることが残っていないような状態だった。挽回のチャンスなど、もうとうに残ってなどいなかった。

そんな人間が次にやることとは何か。

まだお互い打ち解けてもいないだろうし、知らない顔ばかりで誰が誰だかわからないだろうから、
「え?僕最初からいましたけど?何か?え?」
みたいな顔をしながら毅然と立っていよう。

そういうコスい考え方をするのだ。
そして実際それをやるのだ。


(言わなきゃいいのにね。)


それが功を奏したのか、はたまた遅れてきたことに罪悪感を感じてますアピールを必死に行なったおかげか、井上は掃除終了から次の研修までの流れの中で、なんとか一命を取り留めることが出来た。

しかし依然として、現場の空気は緊張感がある。

素性もわからぬたくさんのオスたちに囲まれ、いつ何が起こるかもわからない緊張感に包まれながら、研修は次の段へと進んでゆくのだった。


<次回へ続く>


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