三題噺 33 白兎が黒くなるまで

“テニス” “うさぎ” “ポニーテール”

「転校……」
「うん、ごめんね美冬」

急な話とは急に来るものだ。
中学二年の冬、親友の夏希がこう切り出した。「お父さんの仕事で転校が決まった」と。

「本当に行くの?」
「ごめんなさい」

夏希の転校は、春休みに決まった。四月から遠くの学校に行く。
私と夏希はただの親友だけじゃ無い。テニスのダブルスで、今年の大会に準準優勝まで登り詰め、来年優勝候補筆頭だ。
無責任だ!理不尽な怒りが湧いてきたし、寂しくもあった。もう夏希とテニスが出来ないんだと……。

夏希は転校が決まってからも毎日テニス部に顔を出し、顧問の指導を受け、後輩達にアドバイスをしている。
私は何となく夏希を見るのが嫌で、出来るだけ視界に入れない様に練習していた。
たまに後輩に、二人のダブルスと打ち合いたいと申し出が出たけど、もう公式戦で組むことの無いダブルスを今更組む事に抵抗があったので、断った。

ギスギスしたまま、いよいよ明日、夏希が出発するという日になってしまった。

「美冬、私と試合しよ」

一通りのアップが終わった所で、夏希が私の足元に、白いリストバンドを投げた。
決闘前の白手袋のつもりなのだろうか。

「いいよ、これが最後だね」

私はリストバンドを拾い上げた。

後輩に審判に入ってもらい、私達はお互いのボールを打ち合った。
最近はあんまり話さなかったけど、私達は親友同士だ、お互いに得意なコースや打ち方、癖等は理解しあってるし、実力もほぼ拮抗している。
集中力を乱した方が負ける。
一ポイント取っては、相手に奪われる一進一退の打ち合い。
モヤモヤした気持ちのままながら、辛うじて私が一ポイントリードしていたが、ミスショットを打ってしまい、夏希にポイントを入れてしまった。

「えっと、ノーアドパンテージですよね。
 フォーティー・オール」

ノーアドパンテージ。
普通は40-40になればデュースとなり、二ポイント連取しないと勝利にならないが、このルールだと、次にポイントを取った方が勝利になる。

「ちょっと待って」
「はい」

審判が首を傾げながらも承諾した。なんだろう?

「美冬、ポニーテールにしてよ」
「え?」
「私とダブルスするとき、いつもポニーテールでしょ。
お願い」
「分かった」

後輩に輪ゴムを借りてポニーテールにした。
首筋を走る風がくすぐったい。
それだけでモヤモヤしていた気持ちが切り替わる。
どういう形であれ、私は今親友とテニスをしているのだ。責めて最後のときを楽しもう。
そして、勝つ。それ以外の考えは邪魔だ。
ラリーが始まる。
スライスサーブを打ち返したら、夏希はネット近くに走り寄り、ノーバウンドで打ち返してきた。得意のボレーだ。
ネット近くで相手を威圧する様に立ち、試合テンポを上げるのが、夏希が最も得意なスタイル。
そして、ダブルスで後ろに立つ私への最大の信頼の証。
夏希がこう来るのは分かっていた。
だから私は余裕を持って打ち返した。
トップスピンロブを夏希の左側、バックハンド側に打った。
今まで敢えて狙わなかったが、夏希はバックハンドが苦手だ。
ずっと後ろで見てきたのだから間違いない。
仮に打ち返せても、甘いボールになるだろう。そこをスマッシュすれば私の勝ちだ!
夏希がバックハンドで打ち返した。

「えっ!」

苦し紛れな打ち方では無かった。しっかりとコースを狙ったショットだ。
意表を突かれた私はその球を打ち返せなかった。
私の負けだ。

「美冬、もうダブルスは組めないけど、全国大会で会おう」
練習が終わったら夏希がそう言って、白いウサギの模様が入ったリストバンドを差し出した。

「うさぎは前にしか進めないし、高く飛ぶ動物なんだ。そんなうさぎみたいに、私は強くなる。
そして、絶対に全国に行く。その為に必死に頑張ったんだ。最後のバックハンドはその成果だよ」

そういって夏希はニカっと笑った。

「……次は負けないから!」

私は泣きながら夏希に抱きついて別れを惜しんだ。

三年になった。
私はダブルスを捨てて、シングルスに専念する事にした。
夏希と再会する為に。
誓いのリストバンドのうさぎはまだ白い。
汗で黒く汚れてしまう頃、私はどうしているだろう。
親友との再会を喜んでいるか、無念の涙を流しているか……
答えは分からない。ただ今は真っ直ぐ走ろう。
うさぎは前にしか走れないらしいから。
私の動きを追いかけて、頭の尻尾が揺れた。

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