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「それもまた、一目惚れ」

「その日はわたしの誕生日だったんです。
 とても暑い日でした。平日でしたし、わたしも当時は働いていましたから、特に予定もなかったんです。誕生会をやってくれるような友人もいませんでした。いえ、今過去形で言いましたけど今もいません。端的に言うぼっちです。その日もぼっち飯のつもりでした。

 ちょうど仕事も佳境に差し掛かっていて、個人作業が主な職場ですから、わたしの誕生日をご存じの方もいなかったと思います。わたしは朝起きて、ああまた一つ年を重ねたなと思いまして、もちろんバースデーメッセージ、メールやラインをほんの少し期待したのですが、来ていたのはお世話になっている美容室からだけでした。

 その後、いつも通りお化粧をして、格別なにか気合いを入れることもなく職場に向かいました。仕事を始めると一日はあっという間でした。お昼に何を食べたかも覚えていません。他の社員さんやパートさんと話した内容も、業務範囲内のことだけで、いつもとまったく変わらない一日でした。

 それで終業いたしまして、疲れ果てたわたしは、このままひとり自宅に帰って何かしらの料理をしてひとりでそれを食するというのもむなしいな、と、ぼっちなりに思ったんです。

 だからといって、高級レストランにお一人さま、なんて気取れる性格でもございませんでしたから、無心に電車に揺られ、家の最寄り駅の改札を抜けました。

 するとあれは商店街か何かのイベントだったんでしょうか、目抜き通りに屋台が並んでいたんですね。綿菓子屋、焼きイカ屋、リンゴ飴、お好み焼き、といった具合で十軒近くあったと思います。

 とはいえ近寄ってみると、どのお店ももう店じまいかなといった雰囲気を醸し出していました。綿菓子のひとつでも買えばちょっとファンシーな気分になれたかとも思ったんですが、やはりわたしは運が悪いようですね。

 それでも一応、屋台を一通り見て回ったんです。

 すると、『ジャンボ鉄板たこ焼き世界一』と掲げられたお店が一番奥にありました。

 ちょっと意味が分かりませんよね、ジャンボなのは鉄板なのかたこ焼きなのか、何故たこ焼きが日本一ではなく世界一なのか、わたし、そういう細かいところを考え始めると止まらなくなってしまう性質でして、思わず立ち止まって、口を半開きにして見入ってしまったんです。

 すると店長さん、店員さんというか、とにかくたこ焼き屋さんですね、まだ若い、恐らくは私よりも若い、健康的に日焼けして額にはちまきをした男性が、威勢のいい声で『いらっしゃいませ!』と声をかけてくれたんです。

 正直に申し上げますと、わたしは店の前、鉄板から一メートル以上離れたところに立っておりましたし、しかも買うか否か迷っていたのではなく掲げられた文句について思慮を巡らせていただけです。それがもう、彼にかかるとわたしは客になってしまうんですね。

 突然存在価値を与えられたぼっちであるわたしは、一瞬、違うんですと言いかけましたが、ふとこれも何かのご縁だと思い、六つ入りのジャンボたこ焼きを購入いたしました。爽やかな男性店員は、サービスにトッピングを無料でつけてくれるとおっしゃるので、私は明太子マヨネーズを選びました。

 ほかほかとした熱気立ちこめるビニール袋をぶら下げてアパートに帰りますと、部屋中にソースの匂いが広がりました。そして、そのままいただきました。大変おいしかったです」

「それをわざわざ言いに来たの?」

「はい、今年は出店がなかったので、不躾とは思いましたがこのお店までこうして出向きまして」

「ちなみにそれ、いつの話?」

「ちょうど一年前です。一年前の八月一日です」

「へえ。で、ご注文は?」

「ジャンボ鉄板たこ焼き世界一を明太子マヨネーズのトッピングで」

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Happy Birthday, My Dear Friend!

励みになります! 否、率直に言うと米になります! 何卒!!