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時期に応じた鍼灸ってどんな意味があるの? #不妊治療と鍼灸

 鍼灸師の松浦知史と申します。
 これまでの女性不妊症に対する鍼灸治療の研究を振り返ってみると、治療の品質管理と個別性のバランスが臨床研究の課題の一つとしてあげられると思います。具体的には、再現性を重視し手技や経穴を固定するものと、個別性(中医弁証に基づく診断)や治療効果を重視し手技や経穴の選穴を術者の判断に任して行われることなど研究によってばらつきがあり、全体として一貫性もないためエビデンスレベルが上がらないことが課題であり、鍼灸の臨床研究における問題点であると感じています。
 また、女性不妊症に対する鍼灸治療の研究が比較的短期間で行われるようになった背景は、2002年にPaulusらが、世界で初めてRCTを報告したことに起因すると思います。海外ではこの研究を参考にして、高度生殖医療(ART)の際の鍼治療の効果に関する研究が行われるようになったため、日本で一般的に行われている鍼治療(週に1回の治療を〇ヶ月継続した加算効果)の効果は依然として不明であり、その効果を探る臨床研究を実施する必要性があると私は考えています。
 ここで「鍼治療を比較的短期間で、かつ3回のセッションでなにを期待して施術を行っているんだろう?」や「IVF前やIVF後の鍼治療の目的はどこにあり、時期に応じた治療がなぜ必要なのか?」と疑問に感じました。
 標準的な治療方針が明確化されていないからこそ、研究者がなぜその経穴を選穴したのかは我々臨床家にとっては気になるところだと思います。今回は時期に応じた治療方法が記述されている論文から学んでいきたいと思います。


論文の紹介

 Pinar Gursoy Guvenらは、2020年に台湾の産婦人科学会誌にIVFにおける鍼治療の妊娠成功率に及ぼす影響について報告しました。

タイトル

Effectiveness of acupuncture on pregnancy success rates for women undergoing in vitro fertilization: A randomized controlled trial.

Pinar Gursoy Guven, et al., Taiwanese Journal of Obstetrics and Gynecology. 2020.

 日本語に訳すと、「体外受精を受ける女性の妊娠成功率に対する鍼治療の効果:ランダム化比較試験」となります。


この論文のポイント

  • 不妊症の一般的な検査で原因が特定できなかった不妊女性に対して鍼治療を3回実施すると、臨床妊娠率や継続妊娠率、生児出生数が増加することが分かりました。

  • 鍼治療を行った群において不安スコアは大幅に改善し、不安スコアが低かった女性は妊娠陽性反応が高かったため、不安を和らげることが治療成績を向上させることが分かりました。


研究デザイン

研究の実施場所:Ataturk University Research and Practice Center for Acupuncture and Complementary Therapy Modalities
実施期間:2017年12月から2018年1月まで実施されました。
研究の参加者:Ataturk Universityの産婦人科外来を受診した原因不明の不妊女性95名
組み入れ基準
1.年齢23〜45歳
2.原因不明の不妊症(※)と診断され、新鮮胚移植を受ける患者
※標準的な不妊症の検査を行った結果、不妊症をきたす原因が明らかでなかった症例
3.除外基準には、不妊症の原因となる疾患があること、治療過程に影響を及ぼす可能性のある高血圧、糖尿病、慢性心疾患、慢性腎疾患などの併存疾患またはコントロール不良な疾患があること、および過去1年間に鍼治療を受けたことが含まれていました。

 産婦人科医によって評価され、適格患者(n = 76)が研究に参加しました。原因不明の不妊症の女性76名が鍼治療群(AG群;n = 38)と対照群(CG群;n = 38)にランダムに割り付けられました。

 AG群には3回の鍼治療が施されました。最初のセッションは胚移植の1週間前、2回目は胚移植の30分前、3回目は胚移植の30分後でした。対照群であるCG群は鍼治療を受けませんでした。
 患者のうち 4 名はデータが不完全であったため、最終分析には72名の患者の結果を使用しました(図1)。すべての参加者で3日目の新鮮胚を使用しました。

図1

評価項目:
β-hCG、臨床妊娠率、妊娠継続率、生児出生率、STAI-1

介入方法:
使用鍼;0.25 × 25mmのディスポーザブルステンレス鍼
刺激方法;刺鍼の深さは1~2寸(1寸とは3.03cm)で、刺入後は30分間の置鍼
使用経穴は以下の通りです。
・最初のセッションは胚移植の1週間前
 神門(HT-7)、合谷(LI-4)、百会(GV-20)、耳の神門

・2回目は胚移植の30分前
 中極(CV-3)、関元(CV-4)、気海(CV-6)、百会(GV-20)、太衝(LIV-3)、気衝(ST-30)、地機(SP-8)

・3回目は胚移植の30分後
 両側の合谷(LI-4)、三陰交(SP-6)、陰陵泉(SP-9)、足三里(ST-36)

各セッションの治療と期待する効果

結果

 参加者の平均年齢は30.9 ± 3.7歳でした。AG群とCG群で年齢、職業の有無、教育レベル、BMI、体外受精の回数などの患者特性は同様の結果でした(表1)。

表1

IVFデータの群間比較

 ゴナドトロピンの投与量、採卵数、成熟卵子数、採取された胚の数、移植された胚の数、子宮内膜の厚さ、hCG誘発日のエストラジオール濃度に関して統計的な差はありませんでした(表2)。

表2

妊娠成功率について

結果は以下に示す(表3)。

  • β-hCGの陽性反応は、AG群 63.9%(n = 23)、CG群 33.3%(n = 12)でした(p = 0.009)。

  • 臨床妊娠率は、AG群 63.9%(n = 23)、CG群 33.3%(n = 12)でした。

  • 継続妊娠率は、AG群 55.6%(n = 20)、CG群 30.6%(n = 11)でした。

  • 生児出生率は、AG群 52.8%(n = 19)、CG群 40.3%(n = 10)でした。

表3

STAI-1の変化について

 胚移植前のSTAI-1のスコアにグループ間で有意差は認めまんせんでした(p> 0.05)。
 不安スコアは、ベースライン値と比較して、2回目および3回目の鍼治療後に有意に減少しました(p < 0.001)。不安スコアは胚移植後にAG群で49.7%、CG群で27.8%減少しました(表4)。

表4

 胚移植前のSTAI-1スコアとβ-hCG検査結果の比較しました(表5)
 分析によると、STAI-1スコアが高い参加者は妊娠検査結果が陰性である割合が高くなりました(p < 0.05)。

表5

考察

使用された経穴について


 本研究で使用された経穴は、中国伝統医学(TCM)の原則と臨床経験に基づいて選択されました。
 理由として、中枢神経系や末梢神経系、神経内分泌系や内分泌系の調節に作用して排卵に影響を与えるものもあれば、子宮血流を増加させたり、子宮の収縮を抑制することができるためだと筆者は述べています。

時期に応じた治療目的

各セッションの治療と期待する効果:中医学的なツボの効能

 胚移植の1週間前に使用された経穴は、精神状態を安定させ、恒常性に関わるバランスを整える作用があります。女性の精神状態が生殖能力の低下につながる可能性があるため選穴されました。

 胚移植の30分前に使用された経穴は、胚の着床を促す作用があります。先行研究においても使用されていたのもこれらの経穴を選んだ理由です。
- 中極や関元、気海には子宮を調節する作用があります。
- 太衝は痛みを緩和するのに有効な経穴であり、胚移植に伴う疼痛を緩和することができます。胚移植に伴う痛みと妊娠の成功率には一定の相関があるため太衝を選穴しました。

 胚移植の30分後に使用された経穴は、子宮の血液循環を改善させ、胚の着床を維持し、胚の成長促進を行うことができます。
- 足三里には、免疫を調節する作用があります。
- 合谷や三陰交には、子宮の収縮に関与しています。また合谷は子宮におけるCOX-2の発現が抑制されることが分かっているため選穴しました。

不安の軽減について

 ある研究では80%以上の女性が不妊時に不安を経験することが分かっています。この不安は、体外受精の際の妊娠成功率の低下につながる可能性があるため、不安を和らげることは、体外受精の治療成績を向上させるために重要であると筆者は述べています。
- 鍼治療が内因性オピオイドを増加させることによって抗不安作用をもたらします。
- 中枢神経系におけるβ-エンドルフィンの放出は、ゴナドトロピンの分泌に影響し、排卵や月経周期を整える作用があります。
 今回、鍼治療を行った群において不安スコアは大幅に改善し、不安スコアが低い女性は妊娠陽性反応が高かったため、不安を和らげることが治療成績を向上させるために不安の軽減は重要であることが分かりました。

この論文を読んでの私見

 本研究では、治療の品質管理のために手技や経穴を固定する方法がとられ、時期に応じた鍼治療が行われていました。
 日本における鍼灸の教育レベルは世界と比べると高いと言えるような状態ではなく、医療機関などでの卒後研修が義務化されていないため、鍼灸師の質の担保が難しいのが現状です。臨床研究を臨床家に還元するためには、臨床研究を実施するにあたって治療の品質管理を確保するために、再現性を重視し手技や経穴を固定する方法のほうが良いようにも思えました。


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