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不妊症で悩む方に鍼灸という選択肢を #今後の研究で必要なこととは?

 鍼灸師の松浦知史と申します。
 過去20年の間に非常に多くのRCTによって女性不妊症に対する鍼治療の効果を評価してきましたが、研究デザインとして対照に関するコンセンサスが得られていないために、その有効性や有用性を正確に判断することができないのが現状です。今後行われる研究ではどのようなことに留意するべきか学んでいきたいと思います。


論文の紹介

 今回は、鍼治療と体外受精の臨床研究における一般的な課題と今後の方向性について提案してくれた論文をご紹介させていただきます。

タイトル

General Issues in Clinical Research of Acupuncture and In Vitro Fertilization.

Cuihong Zheng, et al., Evidence-Based Complementary and Alternative Medicine, 2020.

 日本語に訳すと、「鍼治療と体外受精の臨床研究における一般的な課題」となります。
 筆者らは、鍼治療と体外受精の臨床研究における課題に対処するためには、厳格な研究デザインと標準化されたプロトコル、そして評価方法の統一化など克服することで、より信頼性の高いエビデンスができると訴えています。

1. 研究デザインに関して

  • ランダム化方法: 多くの研究で、明確なランダム化方法が欠如していました。これは選択バイアスを引き起こす可能性があります。また、鍼治療の臨床研究では無治療または偽鍼による対照群を設けて、適切なランダム化の割り付けが重要です。

  • 盲検化: 鍼治療の研究において参加者と研究者(鍼灸師)を盲検化することは困難であり、実行バイアスや検出バイアスが生じる可能性があります。対照として偽鍼がよく使われますが、この偽鍼の刺激自体にも生理的作用が発現してしまうため、結果の解釈が難しくなります。


 偽鍼の鍼治療には、①切皮程度の最小刺激による鍼治療、②経穴でない部位への刺鍼、③特定の経穴への刺鍼、④経穴または非経穴への皮膚表面刺激(いわゆる接触鍼)、⑤ストレイトバーガー、パーク、タカクラなどのデバイスを用いた方法が行われています。①に関しては、日本では浅刺と呼ばれる鍼治療に当たります。中国で行われている太い鍼で深く差す鍼治療と比べると、軽微な刺激ですが、様々な研究結果でこれらの介入方法による差がないということが示されています。従って、対照に偽鍼を設けると結果の解釈が困難になります。

2. サンプルサイズとドロップアウト

  • サンプルサイズ: 多くの研究でサンプルサイズが小さく、統計的な検出力が低いため、有意差を検出することに制限があります。より大規模で検出力の高い研究が必要です。

  • ドロップアウト率: 高いドロップアウト率は、研究結果の妥当性に影響を与える可能性があります。ドロップアウトを最小限に抑え、適切に対処するための研究デザインが必要です。


 中国ので研究で行われているような毎日や2日ないし3日に1回の治療を1~2ヶ月間継続するような研究デザインではドロップアウト率が高くなってしまいます。


3. 鍼治療プロトコルの標準化

  • 治療の多様性: 鍼治療プロトコルには、鍼の太さや長さ、刺入深度、刺激方法、施術時間などにかなりのばらつきがあります。これらにばらつきがあると、異なる研究結果の比較が難しくなります。

  • 施術者の専門知識:鍼灸師の専門知識と熟練の程度はそれぞれであり、治療結果に影響を与える可能性があります。この問題に対処するためには、一定水準以上に達したことを証明するある種の認定や標準化が必要となってきます。

  • 報告基準: 鍼治療プロトコルの明確で詳細な報告が、再現性と研究の比較を可能にするために必要です。

  • 鍼治療の治療回数:多くの研究で比較的短期間で2~3回程度の鍼治療を実施しています。若年層の急性疾患に対する鍼治療では、少数穴でかつ短期間で改善する場合が多いですが、高齢でかつ慢性疾患となると、より多くの治療回数が必要となってきます。不妊症には子宮内膜症や多嚢胞性卵巣症候群、早発卵巣不全などの基礎疾患を有する患者にはより多くの治療回数が必要となってきます。


 体外受精の臨床研究における最初のRCTを報告したPaulusらの鍼治療をを参考にしたプロトコルを「Paulus protocol」と呼ばれています。このプロトコルでは胚移植の前後で1回ずつ実施されました。鍼治療群の臨床妊娠率は42.5%であったのに対し、対照群は26.3%でした。ですが、以降報告された多くの臨床研究では、Paulus自身もこの結果を再現することができませんでした。考えられる要因のひとつとして対照に偽鍼が設けられたためと考えられます。また、基礎疾患を有する女性不妊に対して臨床的に有効な鍼治療の回数(6回またはそれ以上)や使用される経穴の数(4〜10個またはそれ以上)も考慮する必要があると訴えています。


4. 治療の品質管理と個別性のバランス

 再現性を重視し手技や経穴を固定するものと、個別性(中医弁証に基づく診断)や治療効果を重視し手技や経穴の選穴を術者の判断に任して行われることなど研究によってばらつきがあります。多くの研究で、再現性を重視し手技や経穴を固定する手法がとられていますが、どの研究においても中医弁証などに基づく個別化治療の必要性を強調しています。RCTでは中医弁証に基づくような個別化治療を行うのは困難な面がありますが、鍼治療の有効性を正確に評価するためには不可欠な要素です。従って、先行研究や一般的に用いられる経穴を使用されていますが、これらの手技や経穴を固定する治療法は、女性不妊症患者にとって最適解でない可能性もあります。

5. 鍼治療の安全性について

 これまでの臨床研究で、経穴と非経穴に対する鍼治療を施し、結果に差がないことから、経穴には特異性はなく、人体のどの部位に刺激を行っても同様の結果が得られると考える研究者もいます。しかし、実際にはそうではなく、場合によっては逆効果となり得る可能性もあると筆者は述べています。

  • Dieterleらの研究では、IVFの際に、胚移植の直後とその3日後に30分間の鍼治療を行いました。対照群はSidu、Xiaoluo、Fengshi、Zhongdu、Yanglingquanなど生殖機能に関係のないとされている経穴への鍼治療を行いました。結果は、鍼治療群の臨床妊娠率は33.6%で、対照群は15.6%でした。この結果は、ドイツの年齢層別における平均臨床妊娠率は体外受精で24.6%、顕微授精で22.6%とされているため、生殖機能に関係しないとされている経穴への鍼治療は妊娠率に悪影響を及ぼす可能性があります。

  • Craigらの研究では、Paulus protocolに基づき、移植前に気海、移植後に太谿を追加しました。鍼治療群は胚移植の前後で行われ、対照群は胚移植のみでした。結果は、対照群が鍼治療群よりも臨床妊娠率が有意に高かったです。

  • Westergaardらの研究では、グループ1に対しては胚移植の前後で鍼治療を行い、グループ2に対しては胚移植2日後に25分間の鍼治療を行いました。結果は、グループ1は良好な結果でしたが、グループ2に関しては、有意な結果が得られず、早期流産率が高い結果が出てしまいました。

  • Smithらの研究では、鍼治療群の流産率は、対照群よりも高い傾向があった(22.8% vs 11.6%)ものの、統計的に有意差は認めませんでした(P=0.054)。また、有害事象に関しては、不快感(10.3% vs 4.9%;P=0.01)、あざ(5.0% vs 1.3%;P=0.02)で、鍼治療群において有意に多かったです。

6. アウトカムの測定方法

  • 一次および二次アウトカム: 一次および二次アウトカムの選択は研究ごとに異なります。生児出生率、臨床妊娠率、流産率などの標準的な臨床的に関連するアウトカムを一貫して使用するべきです。また、卵子の質や胚盤胞のグレード、子宮内膜の厚さなどの二次アウトカムも評価する必要があります。

  • 主観的な測定: 患者が報告するストレスや不安の程度のようなアウトカムは主観的であり、可能な限り客観的な測定を優先するべきですと筆者は述べています。

この論文を読んでの私見

 本論文からは現在、鍼灸の臨床研究における課題とその課題を抱えながらも工夫次第では、質の高い研究が行えることが分かりました(研究参加者の厳格な基準とランダム化による割り付け、先行研究を考慮した個別化治療の必要性、評価方法においても客観的な指標を用いるなど)。しかしながら、国内において産婦人科医と連携して鍼灸の臨床研究を行える施設は少なく、鍼灸院に来院する不妊症患者から情報を聞き出し、関連学会に報告しているのが現状です。
 鍼灸院では症例数の確保も難しく、詳細な診断名や医療機関で行われている治療法に関しても不明瞭なことが多いです。また、RCTに向け提携先施設の確保や臨床試験参加後の継続治療紹介先の鍼灸施設の確保など課題は山積しています。しかし、女性不妊症に対する鍼灸治療の有効性は可能性を秘めており、日本から発信することに非常に大きな意味があると思います。鍼灸の研究施設を提供あるいは提携して研究を推進してくださる産婦人科医の存在も必要不可欠な要素のひとつだと考えています。

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