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「拘り」にこだわってみる話


「言いたいことだけ言ってれば良いんじゃないよってこと」


おはようございます、闇の世界と愛の伝道師、せか闇じゅにーです。

今日は影響受けやすい私がまた色々影響を受けてみた話。

影響を受けたのはこちら


モチーフはこちら


良いなと思ったなら、真似してみれば良いじゃない。

さあ、我こそはという方はモチーフへ立候補を(笑)

役に立つ内容が有るかもしれない、無いかもしれない。

そんなお話、スタートです。





私にはこだわっているものがある。

それは「中身に拘らないこと」だ。

早くも話が破綻してしまいそうだが、気にせず続けることにする。

そう、こんな個人的なこだわりなど気にしている人はきっと少ないのだから。

私は私の好きなようにやる、ただそれだけだ。

私が何かを書く際に拘ることは「笑いを入れること」だ。

こだわるのか拘らないのか話が二転三転しているが、何とか上手く纏めれると思うんだ。

どうか最後まで読んでみて欲しい。

仕事上の研修会に参加したときのことだ。

一つは私の専門分野、抗生剤に関してで、もう一つは歯科医が語る漢方の話だった。

前者は興味があり、後者はそうでもなかった。

ところが、いざ話を聞いてみると、前者はつまらなく、後者は食い入るように聞いていた。

知らない話こそ興味深いとか、そんなんじゃないんだ。

ただ単に面白かったのだ。

正直、前者の内容は質問とかしたくせに覚えていない。だが後者はもう何年も昔の話だが割と鮮明に覚えている。

一応説明しておこう。

前者は約30分間、ただ単調に真っ当な話をしているだけだった。

後者は5分に一回くらい笑いを入れてきた。会場もどっと湧いていた。

どちらの方が真面目に取り組んでいるかというと、勿論前者だろう。しかし、記憶には後者が圧倒的に残っている。

当時、友人にその話をしたら「長いプレゼンほど10分に一度は笑いがいる。エビデンスも有る」と言っていた。

エビデンスとかそんな堅っ苦しいものじゃなく感性で語りたかったのだが友人はそんな男だ、仕方がない。

何が言いたいかというと、中身に拘っていても聞いて貰えないと意味がないということだ。

聞いて貰いたいなら、惹き付ければ良い。そのためには笑いが必要とまではいかないが、便利ということだ。

それからというもの、私は中身がどうあれ退屈な研修会は遠慮なく寝ることにした。

退屈ならどうせ記憶に残らない。ならばその時間を有意義に消化したいものだ。

寝ることで演者側にも私の意図は伝わるのではないかと、そう考えている。

それが疲れているときの私の、拘りだ。

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