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とある夏 愛の賛歌 【ショートショート】

ふと、目が覚めた。

とても、暗い部屋。

ひんやりとした部屋に、私はいた。

…いつからここにいたんだっけ?

随分長いこと籠もりっきりになってしまっている。いつからかなんて思い出せない。

どうしよう、そろそろ起きようか。

それともまた眠ろうか。

そんなことを考えていると、外から何かが聞こえているような気がした。

どうしよう、気にせずまた眠りに就くことも出来るけど。

でも、何か気になる。心に響いてくるような声が聞こえる。

…よし、外に出てみよう!



外はとても眩しかった。

そして、暑かった。

久し振りに出た外の世界は、賑やかでなんだかウキウキしてくる。

あ、そうだ。あの声を探さないと。

ざわめきの中、耳を澄ましてみる。

…聞こえた!あっちの方だ。急いで行ってみなくちゃ。



声がどんどん大きく聞こえてくる。

唄を、歌っているのかな?

きっともうすぐだ。

私を呼んでいたのは誰だろう?

どうして呼んでいたんだろう?



そして、歌の主に出逢った。

「やっと来てくれたんだね。ずっと君を探していたんだよ」

どうして?

「運命の相手に、愛の賛歌を届けるためさ。他の誰でもない、私の唄に惹かれる君に届けたかったんだ」

私が、運命の相手?

「そうとも、おや、嬉しくなかったかな?」

そんなことない。あなたの唄に惹かれてここまで来たんだもの。とても嬉しいわ。

「そうか、それは良かった。さあ、こっちへおいで…」

抱きしめられ、静かな時が流れる…。



向こうから、別の声が聞こえてきた。

「あんたがうるさいから、ゆっくり寝てられなかったじゃないの!」

「そんなこと言わないでおくれよう、あまり時間がなかったんだよ」

「もう、仕方ないわね!」

運命の相手というのも、どうやら色々あるようだ。



時が、動き出す。

「さあ、そろそろ行こうか。君との出逢いは嬉しいけれど、もう時間がないんだ」

一時でも、あなたと逢えて良かった。

「寂しいかい?」

大丈夫。それが私たちの運命だもの。



周りでは、今も愛の賛歌が鳴り止まない。みんな、ひと夏の逢瀬に命を燃やし、必死に運命の相手を探している。

きっと、私たちの子供もいつか、運命の相手を探して唄を歌うのだろう。

この暑い暑い季節に、賑やかな彩りを添えるために。



とても長い時を暗い部屋で過ごした。

あなたに逢うために。

この一瞬に輝くために。

私の命は間もなく燃え尽きるだろう。

それもすべて定め。

私の想いは、子供達が受け継いでくれる。

さあ、最期の時はあなたと共に。

遙か遠くまで、飛んで行きましょう…。




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