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嘘日記 6月3日 (雨宿りとアイス)

母校に用事があって、久しぶりに地元に帰った。最寄駅から母校まで歩くと30分ほどかかる。長すぎるその一本道はとても平凡で退屈で、そんな道を歩くのが僕は好きだった。思い出は道に焼き付くというが、本当にその通りで、僕の場合幼稚園から高校までずっと自転車圏内だったこともあって、ほとんどの思い出がこの道に集約されていると言っても過言ではなかった。初めてのおつかいをしたパン屋さんから好きな人と通った中華屋まで、すべての店がこの道にはあった。懐かしい思い出に浸っていると不意に風が冷たくなって、おやと思った次の瞬間には、かび臭い思い出を洗い流すかのような激しい雨が道路を叩きつけていた。傘を持っていなかった僕は、慌てて近くの公園にある小屋の下に駆け込んだ。

小屋の下には既にちらほら人がいた。15秒に1回奇声を放つおじさんと、もはや着ていないのと同義であるほど肌が透ける下着を着ているおじさんと、「この雨は自民党の悪政が原因で…」と語っているおじさんと、僕の4人だった。

しばらくすると、高校生が6人ほど駆け込んできた。見覚えのあるダサいジャージに目を奪われ、しばらくして母校のものであることに気がついた。どうやら今日は体育祭があったらしい。学年リレーの順位や意外と足の速かったあの子について、みんなでワイワイ喋っていた。

突然の豪雨は空気を一気に冷やしていた。僕は一番端のベンチに座って、半袖の中に腕をすっぽり入れ込んで暖を取っていた。完全に服装を間違えた。高校生たちはひとしきり喋った後、それぞれ自分のクラスの打ち上げがどこで行われるかを丁重に報告しながら、一人ずつ帰っていった。

女子高生二人組が前髪を抑えながら走って来たのは、それから少ししてのことだった。雨さいあくーと言いながら二人はタオルで濡れた髪や肩を拭き、僕のすぐ後ろに座って喋り始めた。
「は~まじ疲れたね。体育祭とか誰得のイベントなの?」
「いやそれな~。みんな何が楽しくて走ってるんだろうね。」
「でもさ、見た?××ちゃんのマスク取った顔。」
「うん、初めて見たんだけど可愛すぎん?なんなんあれ。ずるいじゃん。」
「それな~。可愛すぎて無理。そりゃ△△くんも好きになるわなって感じ。」
「は~ウチも××ちゃんみたいな顔に生まれたかったわぁ。」
「ま~いいじゃん。ウチら今日まじ頑張ったしさ。」
「そだね。じゃあ…行っちゃう?」
「うん、行こ!」
「よし行くよ……せーの!!」


突然の合図にびっくりして振り返ると、二人は再び大雨の中へ飛び出して行ってしまった。小さくなっていくその背中を見るだけで、二人の心が通じ合っていることが分かる気がした。

コロナ時代のおもしろい話が聞けたなと思いつつまた雨を睨んでいたら、甲高い笑い声が近づいてきて、バシャバシャと水しぶきを立てながら先ほどの二人組が帰ってきた。
「雨やばすぎー!」
「いやあんたの走り方の方がヤバイよ?」
大笑いしながら屋根の下に入ってきた彼女たちは、今度は座らず、僕のすぐ横に並んで立っていた。どうやら彼女たちは近くのコンビニに行っていたらしい。袋から出てきたのはお揃いのモナカアイスだった。僕は目を疑った。このクソ寒い中アイス食べんの!?ここはひとつ、母校の先輩として温かいスープにでもしたらどうかと提言したくなったが、そんな僕には目もくれず、彼女たちは嬉しそうに袋を開け始めた。そして袋の口からアイスを少しだけ出したところで、


「乾杯!!」


そう言って、アイスの頭と頭をコツンとぶつけ合った。

それはもう、本当に素晴らしい光景だった。どんな映画も音楽も、小説も絵画も、この二人には勝てないぞと、そう思った瞬間だった。幸せは、アイスとアイスの間にあったのだ。

気がつくと雨はやんでいた。彼女たちがいてくれるのなら、僕の母校はしばらく安泰だろう。そう思って僕は歩き始めた。今日はアイスでも買って帰ろうか。


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