【エッセイ】これからのドット。
長男は今年4月から日本(東京)で仕事を始めました。
(いきなりリモートワークで、なんとまだ1日しか出社してないようですが)
就職が決まったことにそれほど大きな感慨はなかったのですが、ある週末、彼とビデオチャットでした会話の中でうれしかった話がありました。
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「仕事を始めて、香港とシンガポールとフィラデルフィアとニューヨーク、それぞれのバラバラなドットが不思議と繋がってきた」
(これらの都市は彼が大学及び留学で滞在した都市です。)
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“You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.” Steve Jobs
私も長男もスティーブ・ジョブス・フリーク(笑)なので、彼のこの言葉はちょっと胸にしみました。
と、同時にこれからのドットはどうなるんだろうかとも考えました。
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学んで獲得した知識や技術の他にも、「居た場所」や「会った人」なんかも大切なドットだと思います。
住む街や大学のキャンパス、お気に入りのパン屋さん、教授や同級生、行きつけのカフェの従業員など。
同じ時間を共有した空気感や、直接人に会って話した時の手ざわり感など。
これからの世界で、ドットを散りばめる機会がなくなって行くとしたら、どうなっていくのでしょうか?
ふりかえった時に、散らばったドットを繋げたギザギザに曲がりくねった道ではなく、ただまっすぐな一本道があるだけになってしまうのでしょうか?
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