見出し画像

3倍弱ボタン


押せば寿命が200歳まで伸びるボタンがあったとして、すぐ押す人はほぼいないだろう。

異常な長生きには様々なリスクが伴う。

例えば、友達に先立たれコンボを決められる。人間の寿命を80年としたら他人の3倍弱生きないといけなくなるのだから、別れの数も3倍弱になってしまう。

ならば、全人類の寿命が3倍弱まで伸びるボタンがあったらどうだろうか。

周りも長生きするのだから孤独になることはない。ただ人生のスケールが広がるだけである。やったね。




待てよ。




正直、自分はそれでも押す気にはならない。

孤独とか関係なく、単純にそんなに生きてまでしたいことがないからだ。
人口が減らないから食糧危機が起きるとか小難しいリスク以前の問題である。ただひたすら暇な時間が過ぎていくことがいかに苦痛かは想像に難くないだろう。




逆に、人生をかけてやりたいことが見つかったとしてもそんな長期間だと熱中できる自信がない。計算上、山本昌は120歳くらいまで野球してないといけなくなる。じゃあ途中でやること変えればいいじゃんと思われそうだが、物事を途中で投げ出すのはダサいじゃないか。

もしかしたら引き伸ばされた時間のうちにとんでもないラッキーがあるかもしれないが、とんでもない不幸だってあるかもしれない。そもそもの人生にもこういうギャンブル性が含まれてるのだから、わざわざ延長してまでハラハラしたくない。

勝手に寿命を伸ばされ、持て余すほどの時間を押し付けられた僕以外の人間にも申し訳ない。もし手が滑って押してしまったら謝罪会見とか開いちゃうと思う。

やはりDNAに刻まれた本来の寿命で、マニュアル通りに死んでいきたい。




と言いたいところだが、「本来の寿命」とは一体どのくらいなのだろうか。
勝手に80年くらいに設定していたが、本当にそれが「本来」なのだろうか。

ネットニュースよろしく調べてみました。

何の技術もなかった旧石器時代にまで遡ると、人間の寿命は15歳ほどだったらしい。これは新生児がめちゃくちゃ死んでいたからという事情もあるが、たとえ15歳まで生きられたとしてもその後は平均して30代で亡くなっていたらしい。

DNA的には、人の本来の寿命は多めに見積もっても30代なのである。

医療のおかげで日本人の寿命は3倍弱にまで成長したのだ。やったね。






待てよ。






おい。






押されてるぞ。





俺たちは押されてるぞ。




全人類の寿命が3倍弱まで伸びるボタン、とっくに押されてるじゃないか。


誰が出ればいいのかは知らないが謝罪会見を開くべきじゃないのか。




ただひたすら時間だけがある絶望、
何かに打ち込むことによる消耗、
突然不幸になるかもしれない緊張、
実はすでに苦痛になるレベルまで達している。
人生は本能が感じるより3倍弱の長期戦になっている。

本来なら、山本昌は高校球児くらいの年齢で引退できたのだ。

社会は、誰かの手で改変されたマニュアルに沿って構築されている。
新卒が22歳なのも温存しすぎなんじゃないか。
40にして不惑ってフラフラしすぎなんじゃないか。
人間50年でも十分カンストしてるんじゃないか。

こんな原型を留めない世界からは、さっさと解脱したい……

と言いたいところだが、そうもいかない。
3倍弱に延長された道を走りきるしかない。






無論、物事を途中で投げ出すのはダサいからである。










サポートは生命維持に使わせていただきます…