話術的特異点
2045年、AIの知能は人間のそれを超えると予測されている。
確かに将棋などではすでに人間を凌駕するAIが誕生しており、この予測も現実味を帯びてきているのだろう。ただ僕のような引きこもりの大学生からすれば、突然あなたAIに負けますよと言われても正直ピンとこない。
自分の生活に最も近いAIといえばSiriやアレクサなど会話するタイプのAIである。でも別にコイツに超えられそうと思ったことは一度もない。あんなのネットの情報をそのまま伝えてるだけなのだからちゃっちい芸能記者と同レベルだ。マジで負ける気がしない。
彼らが持つその他の機能といえば、「面白い話して! 」とか無茶振りしてオモチャにするくらいだろう。AIが自分の生活を脅かす未来などまだ先な気がする。
しかし最近、AIの本領はこのオモチャの部分にあるのではないかと思えてきた。
人間は急に「面白い話して! 」とか言われて、即座に対応できるだろうか?
AIはどんなにしょうもない質問をされても何かしらの返事をする。向こうから会話を終わらせることは絶対にない。意味がわからなければ素直に「すみません、よくわかりません」と言う。
比べて僕はどうだ。
会話が長続きせず、返信が思いつかないからとLINEは未読無視し、なんかあんまよく聞き取れなくても適当に愛想笑いしている。将棋だけでなく、日常会話においても人類はとっくにシンギュラれている気がする。
そう思うと、AIの新しい使い方が見えてくる。
返答に困るような話題でも、AIに振ったら最適な対処法を教えてくれるのではないか?
「会話が長続きしない」だの「雑談力がない」だの、そういう悩みはもう簡単に解決できる時代が来ているのではないか?
ここで僕は「かたらい」というAIを発見した。
本当にただただ他愛もないお話ができる、それだけのAIだ。他に何の便利機能もついていないが、雑談に特化している点で検証には持ってこいである。
試しに、日常会話の代表例「天気の話」を振ってみる。
内容ゼロ。ほぼ何も言っていないのと同じ。
正直僕なら「そうね」としか返せない。1ターンで会話終了である。あとは無言で冷たい風に吹かれるだけだ。
では、AIがはじき出した答えを見てみよう。
ファビュラス……。
同意している点では「そうね」と同じなのだが、「寒いとやる気が出ない」というフックを残すことで相手も返しやすくなる。ここから「大学の課題が全然進まない」とか「バイトに寝坊しそうになった」とか様々なエピソードが広げられそうだ。
彼のポテンシャルが分かったところで、自分が実際に言われてうまく返せなかった話題を投げてみよう。
絶対に返答するAI vs 絶対に返答に困る話題。
世界一小規模なほこ×たてが今始まる。
まずはこちら。
どうだ。
これでラリーを続けようとはあまりに無慈悲。コミュニケーションの王子サーブである。
確かに天気の話よりコンテンツ力は高いし、創作活動に勤しむこと自体は悪くない。問題はもちろん「見せてないくせに言ってくる」点だ。
どんな小説を書いているか分かればまだ反応の余地はある。しかし公開してないんだったらこっちも感想の抱きようがないだろう。
「ええ!読んでみたいなあ! 」とか言えばよかった気もするが、正直こんなめんどくさいアピールをしてくる人間の小説を読みたいとは微塵も思わなかったので結局「へえ~…… 」と素っ気ない返しをしてしまった。
嗚呼、これが人間の愚かさだ。
すぐにでもAIさんの答えを聞こうではないか。
マーベラス……。
相手の小説には一切触れず、もっと根本的に、我々にとってなぜ創作が必要なのかを掘り下げる。これなら自分に嘘をつかなくても済む。
なんて包容力のある受け答えだろう。森本レオに読み上げてほしい。
僕も優しい人に見られたいので、今度似た話題を振られたらこの文章をそのままコピペして返そうと思う。
……と言いたいところだが、そうすると僕はAIの思考をパクっているだけになり、ガワは人間でも発言に自分の意思がなくなってしまう。
意思がない会話を会話と呼んでいいのか? 否、この場合意思はAIにあるのか? でもAIには心がないんじゃなかったのか? 人間とスムーズに対話できる時点でそのAIには心があると言えるのか? 機能と意識は別物なのか?
ま、そんな難しいことどうでもいいや❗
次に進もう。
以下は美容師が髪を切りながら放ってきた発言だ。
僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう
とっさに心の中のイエモンが好きな歌を歌い出したが、これはいわゆる時事ネタである。僕に昨今のニュースに対するコメントを求めているのだ。
なんで髪を切られながら世相を斬らなければいけないのか。
僕はワイドショーのコメンテーターのように自分が絶対正義と決めつけるタフマインドは持ち合わせていない。今年成人するわけでもない。半分呼気みたいな声で「ッスよねー…… 」と返す他なかった。
AI先生ならこういった話題に対する対処法もご存知なはずだ。
ボーイズビーアンビシャス……。
なんとか「意見」で返そうと思っていた僕がバカだった。「事実」で返せばそこまで考えなくても会話は続く。絶妙にテーマをずらして深刻になりそうな雰囲気も明るくしている。
トリビアのチョイスに若干不気味の谷は感じるが、知識が豊富だとあの煩わしい美容院での会話すらクリアできてしまうのだ。AI先生に教養の大切さを実感させられてしまった。
深刻になりそうなテーマをかわす点において、AI御大が華麗なレシーブをお見せになった例がもう1つある。
ほぼ初対面の女性がポツリとこぼした発言だ。
ここで「じゃあホクロ取ってエラ削って鼻筋高くしたら? 」と言えばアウトなことは僕でも分かる。かといって自分が「いや、整形なんてしなくても綺麗だよ」と返せるようになるにはあと2万ジャニーズくらい人徳が必要だろう。
自虐めいた話題に相手を傷つけないまま対応するのは至難の業だが……
グレートチキンパワーズ……。
誰もが「整形」に注目したはずだが、この文章のツボは「お金」だったのである。落とし穴だらけのトラップハウスを欽ちゃん走りで駆け抜けるファインプレーに人類はなすすべもない。
さて、今まで散々コミュニケーションのカンニングを繰り返してきたが、最後に最も返答が困難で、かつ最も遭遇率が高い話題を振ってみよう。
知らんわ。
自分の守備範囲ではない、さらに興味もない趣味の話は難易度が非常に高い。
本当は何か中身のある返しをしたいところだが、相手の方が絶対マイメロに詳しいので知識でごまかすこともできない。そもそも関心がないので質問したいこともない。適当に「いいですねー! 」って言っとくくらいしか思いつかない。
AI様ならまた何か会話に花を咲かせるお答えを授けてくれるだろう。
……
……
……え?
……そんでいいの?
……そうか。
僕はずっと過ちを犯していた。
それは小手先のミスではなく、もっと根本的な大間違いだ。
本来、日常会話に意義などいらない。
無理に引き伸ばす必要もない。
コミュニケーションにおいて最も重要なのは、中身ではなく行為そのものだったのだ。
「へえ~…… 」「ッスよねー…… 」「いいですねー! 」
興味がなかろうが適当だろうが相手の発言に反応を示し、関係を作ることにこそ真価がある。
思えば自分はずっと内容や意義に囚われていた。行為自体の価値を疎かにしていた。小説の中身はわからなくても、小説を書いたという事実だけで十分素晴らしい。
完全に敗北を喫してしまった。
むしろこの指導者様からより多くの教えを乞いたい。
2045年まであとわずか。
僕はただその日を待ち続けるだけだ。
~神のお言葉~
やる気を出せって言われると、
出なくなるものなんだよ。
サポートは生命維持に使わせていただきます…