見出し画像

【吹奏楽曲解説】付喪神(J.マッキー)

 今回も前回に引き続きジョン・マッキー作品の紹介です。このnote作成時点でジョン・マッキーの吹奏楽作品の最新作、『付喪神(つくもがみ)』という楽曲を紹介をしようと思います!


■参考音源

日野 謙太郎指揮/光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部による演奏

2024/3/24 光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部 第47回定期演奏会のライブ録音
(名古屋国際会議場センチュリーホールにて)

■作品について

原題:Haunted Objects (Tsukumogami)
邦題:付喪神
作曲:ジョン・マッキー(John Mackey)
時間:約8分
難易度:中級(Difficulty - Medium)
出版:Osti Music
初演:2024年2月10日 出口 大地指揮/シエナ・ウインド・オーケストラ第54回定期演奏会にて世界初演

 曲の原題は“Haunted Objects”で、カッコ書きで"つくもがみ(付喪神)"となっております。
 Haunted(ホーンテッド)は「幽霊の出る」という意味なのでHaunted Objectsを直訳すると「幽霊の出る物体」ですが、邦題はカッコ書きで記載されている「付喪神」の方が適切かと思います。

 楽曲は日本のプロ吹奏楽団であるシエナ・ウインド・オーケストラによる委嘱で作曲され2024年2月10日、文京シビックホール大ホールにて出口大地の指揮により初演されました。

公演のチラシでは「新曲委嘱作品(世界初演)」と記載されていますが、この枠で『付喪神』が演奏されました。

 プロの楽団からの委嘱作品なので高難易度かと思いきや楽曲の難易度はジョン・マッキーの公式サイトによるとMedium(中級)の表記で、前回のnoteで紹介した『アンダートウ』同様学生バンドでも無理なく演奏できるような難易度です。

 楽器編成もごく普通で、中編成(30名程度)であれば演奏可能かと思います。ファゴット、バスクラリネットがオプション、そしてなんとティンパニを編成に含みません(!)
 マッキー作品にしては低音系の楽器が少なく、作品の独特な浮遊感を演出するために意図的に減らされているような編成です。

『付喪神』の楽器編成(ブレーン社のホームページより引用)

 ブレーン社のホームページによるとオーボエは「Oboe がない場合 2nd Alto Saxophone in Eb として代用可能。」との記載がありますが、スコア上は特にそのような指示はありません。(オプション表記でもありません)
 1楽章・2楽章ともに重要なソロや旋律を担っており、アルトサックスで代用してしまうと前後の音楽の流れの転換がぼやけるような印象を受けるので、可能な限り指定通りオーボエで演奏した方が良いかと思います。

 打楽器はシンバルの種類が若干多いですね。djembe(ジャンベ)やmetal plate on top of brake drum(ブレーキドラムの上に置いた金属板)などの珍しい楽器も一部含まれていますが、こちらも工夫次第で似たような音色は出せそうですね。

ジャンベ(Wikipediaより引用)

第1楽章

 この作品は、比較的短い2つの楽章からなり、それぞれが付喪神の幻想的な性質を表現しています。
 第1楽章は恐怖の悲鳴で始まります。鳴り響くパーカッションと不協和音のクラスターが、予期せぬ展開へと導く行進のリズムを生み出します。この不協和音から、不自然なものからかけ離れた、穏やかで泡のように弾ける点のように散りばめられた音が現れますが、その中で不思議な幽霊のような幽玄なトロンボーンのグリッサンドが現れます。
 夢見心地のオーボエのソロが音楽の流れを続けるかのように感じさせますが、ほぼ直ぐに(そして何度も)冒頭の絶叫の断片が割り込み、中断されます。
 不気味な雰囲気を一層強めるかのように、新しいフレーズごとに次々と移り変わるハーモニーの中で展開し、不安定さと不安感を感じさせます。楽章のクライマックスでは、2つのアイディアが融合し、夢見るメロディが攻撃的な性格を帯びて、実は最初から2つが同じであったことを示します。
 楽章は不気味に終わり、付喪神の妖怪の側面が全面に現れます。

作曲者による解説(ブレーン社ホームページより引用)

 マッキーが付喪神をテーマに作曲をしたのは妻であるアビー氏から聞いた「作られてから百年経った道具には魂が宿り、人の心を惑わす」という付喪神のエピソードが気に入ったから、とのことです。

 アビーさん、マサチューセッツ工科大の哲学科講師を務めているそうですが、ずいぶんと日本のことに詳しいですね…!

 「付喪神」という言葉および漢字表記は室町時代の絵巻「付喪神絵巻」の中で見られるものとのことですが、このような表記をするということを調べるまで知りませんでした。

『付喪神絵巻』より「人間への復讐を企てる古道具たち」
(京都大学貴重資料デジタルアーカイブより引用)

 第1楽章は16小節ほどの「恐怖の悲鳴」を表した前奏から始まります。高音楽器のロングトーンと低音楽器のリズムの打ち込み、そして所々で飛び交う幽霊を表したトロンボーンのグリッサンドが印象的です。

 マッキー氏の楽曲解説にも「行進のリズム」というワードが出てきますが、付喪神と行進の組み合わせだと「百鬼夜行」が連想されますね。このあたりからもインスピレーションを受けているのでしょうか。

『百鬼夜行絵巻』より(Wikipediaより引用)
妖怪たちの行進の中には道具の妖怪(画像右側)も参加している。

 前奏が落ち着いてしばらくすると夢見心地のソロがオーボエから始まります。前奏部分でもそうでしたが、この辺りは拍子が3/4拍子と4/4拍子を行ったり来たりで(さらには1/4拍子も時折挟まり)リズム感の掴みにくい独特のフレーズ感で音楽が進みます。

 オーボエから始まったソロはその後フルート、アルトサックスなどの木管楽器も加わり演奏されますが、途中何度も冒頭の高音楽器のロングトーンと低音楽器のリズムの打ち込みが割り込んできます。曲の後半は3/4拍子、4/4拍子に加えて7/8拍子がほぼ1小節おきに入れ替わる形でリズムも複雑になっていきます。

 第1楽章の最後は幽霊を表すトロンボーンのグリッサンドが現れ唐突に曲が終わります。3分少々の短い楽章です。

第2楽章

 第2楽章は、対象的に上行形のモチーフを強調する短い美しいコラールで始まり、その後、非対称の変拍子の不穏な舞曲が登場します。 
 第2楽章は多くの点で第1楽章が反映されており、活気に満ちたテクスチュアは1楽章のものを模倣しており、主旋律は再び長いオーボエのソロで提示され、そして冒頭のコラールと融合します。
 2つの楽章は、付喪神を2つの異なる視点から見ていると言えるかもしれません。第1楽章では、家の住人が突然、自分たちを取り巻く霊の存在に気付き、恐怖と不安を感じる一方で、第2楽章では、付喪神自身の視点から、自分たちの家への愛着、遊び心がありながらも意図をもっている様子が伺えます。
 しかし、コーダは制御不能な速さと激情で展開し、このような親切な霊たちが(大抵は)友好的な意図を持っているにもかかわらず、時にはただ手に負えないほど暴れることがあるのです。

作曲者による解説(ブレーン社ホームページより引用)

 第2楽章は6小節程の短いコラールから始まります。このまま美しい音楽が続くように見せかけてそうはならない所がマッキー作品の面白い所で、すぐにテンポを上げた音楽が始まります。

 このテンポが上がった部分は7/8拍子と4/4拍子が1小節ごと交互に繰り返されます。7/8拍子と4/4拍子の繰り返しのリズムは前回紹介した『アンダートウ』でも同様でしたね。

 『アンダートウ』とは異なる部分としてはビートを刻む楽器がピアノ、フルート、クラリネットなどの高音楽器となっている点です。
 『アンダートウ』ではベースラインが「F-G-A♭、F-G-A♭-B♭」というへ短調(F moll)の音階を演奏していましたが、『付喪神』では高音楽器が「A-A-E-C-A-C-E、E-A-C-E-A-C-A-E」というイ短調(A moll)の分散和音を演奏しています。

 上記の分散和音のビートに乗ってオーボエの長いソロで主旋律が奏でられます。このソロは1楽章で出てきたソロよりもやや活気に満ちた雰囲気で演奏されます。

 その後旋律はテナーサックスなども加わって演奏されます。音楽が盛り上がっている裏では冒頭のコラールも同時に奏でられ、気づいたら2つの音楽が融合するような作りになっています。

 2楽章後半〜コーダにかけては、テンポがどんどん上がっていき音楽も盛り上がっていきます。幽霊(付喪神)たちが手に負えないほど大暴れしているシーンですね。笑

 幽霊が大暴れしている、といっても不気味な雰囲気の音楽というよりは"いたずら"をしているという、どこか憎めない愛らしい雰囲気の音楽なのが面白い所ですね。

 2楽章の最後は一旦スピードが緩んだと思ったらすぐにテンポが戻り駆け抜けるように曲が終わります。
 人間「静かになったな。幽霊たちは居なくなったかな?」
 幽霊「ここにいるよ!」
といった感じのイメージでしょうか。

 第1楽章は3分少々、第2楽章は5分弱なので続けて演奏すると7分後半〜8分程度の楽曲です。

■収録CD

 今年の2月に初演されたばかりの作品ということで、本note執筆時点(2024年8月時点)では『付喪神』の演奏が収録されたCDはありません。
 ※AppleMusicなども同様

 そのため、演奏を聴くとしたら冒頭に紹介した光ヶ丘女子高等学校吹奏楽部のYoutubeが一番手軽かと思います。

 CDは発売されていませんが、シエナ・ウインド・オーケストラの初演の音源を実は聴くことは可能です。
 以下のジョン・マッキー公式サイトの『付喪神』の作品紹介ページ中程に参考音源の再生ボタンがありますが、こちらがシエナの初演音源です。
 よくあるサンプル音源のように一部のみ視聴という形ではなくフルで聴くことができます。

 あとは、CD化される可能性としては昭和音楽大学(昭和ウインド・シンフォニー)の演奏でしょうか。2024年6月に行われた第25回定期演奏会にて『付喪神』を取り上げています。

 昭和ウインド・シンフォニーの定期演奏会の音源はほぼ毎年CD化され発売しているので、先日行われた第25回定期演奏会の音源もCD化されれば『付喪神』も収録される可能性が高いと思われます。
 ただし、発売されるとしても例年の傾向から2024年末〜2025年春頃でしょうか。

■最後に

 今回はジョン・マッキー作曲の『付喪神』という楽曲を紹介しました。
 プロ吹奏楽団による委嘱作品なのでもう少し攻めた内容でも良かったとは個人的に思いますが、おそらく「8分程度でコンクールでもカットの必要が無く、学生バンドでも演奏できるような難易度の作品」というようなオーダーを委嘱側から出しているのではないかと推測しました。

 今年のコンクールで早速取り上げている団体もいるようですし、これから流行りそうな雰囲気ですね。あとはCD音源化されると良いのですが…。シエナさん、せっかくの委嘱作品なのでぜひ音源化してください!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?