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【読書記録】朝井リョウ『何者』

朝井リョウ『何者』
新潮文庫2015/7/1

映画化されてなんとなくずっと気になってた『何者』がunlimitedにあったので迷わず手に取った。ネトフリにもあって見たいな~と思いつつ見ないままだったので読めてよかった。著者、『桐島、部活やめるってよ』の人だったのか(例によって読んだことないので読んだほうがいいんだろうな……。)。

多分、大学1年生のときに読んだら面白かっただろうな、一言でまとめるとそんな感想。
もちろん面白かった。でも、Twitterで”自分は分かってる”感出したり意識高い系気取ってみたり、裏垢作って偉そうに他人を批判してみたり、他人への嫉妬に向き合えなくて自分を正当化するためのエゴサをしてみたり、そういうのは暇な大学1・2年生の頃にやって4年生になる前くらいに「あ~あの頃の自分恥ずかしい!」と一切合切黒歴史として闇に葬るものだと思うので、その意味でこの本を読むのは今じゃなかった。

光太郎と瑞月とサワ先輩の3人が際立って大人で、その反面、残る3人は「ああ、こういうイキッた大学生ってTwitterにいるなあ」と分かりやすく子供。特に瑞月を格下に見る理香のことは「いる! こういう他意滲ませまくり女子!」と私まで嫌悪感を示したくなるくらい「イキッた馬鹿な女」だと思ってしまっていた。

でも最後の最後に、それでも理香は自分なりに一生懸命現実と向き合おうとしていたのだと分かる。結局、みんなを馬鹿にしている拓人が一番馬鹿なのだ。
どいつもこいつも馬鹿ばっかり、どうして気付かないんだろう、現実見ろよ、自分が言ってあげなきゃ分からないのかな――そう思っている自分が一番愚かな馬鹿者。

そんな話がじんわりと響く私にも、恥ずかしながら身に覚えがある笑 大学1年生の頃、深夜にTwitterでちょっと意味深なことを呟いてみる(つまり、恥ずかしい自覚があるから誰も見てなさそうな時間帯にするけれど誰かには見てほしいという浅ましい承認欲求である!)、そんなことをやっていた(こうして書くだけで寒気が走るほど恥ずかしい。)。今になって私のTwitterは「朝からゴミ箱蹴り飛ばした。死にたい。」と”今日も何もできない無能な神楽が通ります”状態になったものの、いまだにTwitterから脱却していないところに自分の未熟さを感じる。


『何者』というタイトルに関しては、映画予告だけ見て「自分は何者なのかを突き詰めていくのか?」と勝手に想像をしていたけれど、真逆でございました。

***以下感想ではなく。

ところで、拓人は演劇を通じて「何者」かになろうとしていた(「何者」かであると思いたかった)のと似たように、私はweb小説を書いているわけで。だから私という人間は「自分は他の誰かとは違う!って思ってる自己承認欲求強めの人」だと思われていそうだなと思う。

それでも、こんなことを言ったって恰好悪い自己保身にしか見えないけれど、でも私は「小説を通じて”何者”かになりたい」と思ったことはない。恰好悪い自己保身にしか見えないけれど(2回目)、ちゃんと現実見てるつまらない人間なので、自分が平々凡々な人間だとは知ってる(『何者』を読んだうえで「私平々凡々だから」って書くのって自虐皮肉っぽくて怖いね。)。私がweb小説を書き始めた理由は、実は幼いころから漫画が好きだったけど母の方針であまり読めず、ある日友達から借りたBLEACHが面白過ぎて衝撃を受けて「こんな作品を私も作りたい!」だったし(お陰で格好いい漢字やらラテン語やらを調べてバトル小説を書きまくるという迷走に迷走を重ねていたし、今でも面白い話を書くならバトル小説がいい)。じゃ自己承認欲求ゼロなの?と言われると、自分の小説が面白いって言われたら嬉しいに決まってるだろ!と諸手を挙げて認める。

なんでこんなことを思ったかというと、以前、私の作品が「模倣」だと中傷されたことを思い出したから。
他人にムカつくことの少ない私が珍しくムカついたのだが、その理由は「運営に報告して憧れのコミカライズも書籍化も全て諦めてもらう」と言われたことと、その人が言いたいのは要旨「私が書籍化してるからアイディアを真似したんでしょ」だったこと。
パクるならBLEACHとかの傑作にするわボケ!!というのはさておき、あのときの「みんながみんな書籍化・コミカライズという承認欲求妖怪だと決めつけるな。この承認欲求妖怪め」という感情は、もしかして「私はあなたと違って分かっている」という偉そうな俯瞰、ひいては”他人を馬鹿にしてる自分が結局一番愚かで馬鹿”と指さされるものなのかも? そう自省した。

なお、このエピソードに関連していえば、もしあのときに相手の作品を読んで「ふんッつまんねーな、こんなのパクんねーよ!」と思っていたり、エゴサかけて「やっぱりつまんねーじゃん、書籍化されたら偉いって調子に乗ってやがんの!」と満足していたりしたら『何者』を読んだとき胸にグサグサナイフが突き刺さっていたと思う(大学生くらいの精神年齢ならやってたかもしれないし。)。幸いにももう少し精神的に大人になっていたので、相手の情報を全てシャットアウトして終わらせた。それでも別の人から「あの人はあなたのことやっかんでただけだから気にしないでいい」と言われて安心するくらい子供でもある。こういうことをこの場を借りてぼやくくらい子供でもある。

もう少し子供っぽい自分に焦点を当てると、私はずっと「ただ自分が面白いと思える」小説を書いていたのに、最近は「面白いと思われる」小説を書こうとしている。ああ~そんな承認欲求お化けみたいなことして恰好悪くないですか私~。そう嘆いて筆を投げ出しそうにしながら読まれるとちゃんと続きを書く。結局承認欲求お化けだよ、大なり小なり!

自分にできること、できないことをちゃんと認めて、何かをできる(邁進できる)他人をすごいって素直に認められるような、ちゃんとした大人になっていきたいね。

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