時には昔の話を

「時には昔の話を」じゃないけれど、
時々過去を振り返り見るのは面白い。
世の中では、
「前向き」が良いこととされてるけれど、
前を向くためにも、
後ろ 来し方 を振り返ることは
必要なことだという気がしている。

後ろを振り返ることで、
点と点が繋がる感覚を得られる。
そして、
あの時のあの状況は
今のこのために用意されていたんだ、
と気付けたりする。
そんな時、
自然に感謝の念が湧いてきたりする。

前向き、
ということは僕には当たり前のことで、
音楽は自分の手を離れた瞬間から他者になるから、
数分前に録音したものすらも、
他者の演奏を聞く想いになる。
数分前の自分の演奏に、
「反省する」のではなく、
「その瞬間に完成している」ことを
是非の判断を抜きにして、
見出す。
だから、
数分前の自分という他者に発奮させられて
また弾きたくなる。
どんどんやりたくなる。
死ぬまで僕の演奏は
僕の制作は終わらない。
前向きは当たり前。
完成品を振り返るのはあまり好きでは無い。
行為して居たい。

それとは別に、
時折後ろを向くと、
自分の人生という物語が
自分の中で自ずと「書かれ」て
それを読んでいる気持ちになるのだ。
忘れられた、
「後ろを向くことの価値」というのがあると思う。
昔の歌には
後ろを向く歌がちょくちょくある気がする。
「明日浜辺をもとおれば
昔の人ぞ忍ばるる」
「時には昔の話をしようか」
後ろを向く、
ということの持つセラピー効果みたいなものを
知っていたのだろうか
人間、
前進だけが能じゃない。
翻って今は、
「前を向いて!前を向いて!」
って、
なんだか胡散臭い。
まあ、
コロナ以降少し風向きは変わった気もするが!


時には来し方を振り返ろう。

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