日記2024.6.3

 チーズの様な、濃厚なイエローの三日月が、玄関を出たら見えた。朝方。街が起き始める。もう寝ようと思っているが、寝る前にちょっと書こう。
 いつものように煙草を吸いながら。僕が煙草に入ったキッカケは、珍しいだろうが、葉巻だ。金沢に住んでいた頃知り合って物凄く仲良くなった親友が葉巻を喫うという話を聞いて、ある日一緒にやろうということになった。味も去ることながら、とにかく煙を口に含むという行いに物凄い魅力を感じた。僕にとっては新しい遊びだった。そして、それからあまり間をあけずに、奴の家で葉巻を喫みながら映画を観て、彼の書いた詩を読みながら詩について色々と話したりした。あの時間。時間がとても魅力的だった。当時住んでいた家と、その友人がやっている珈琲屋のすぐ近くに煙草屋があり、中に入ると煙草葉の匂いがした。棚には沢山の葉巻が並んでいる。貯めたお金で、時々、一本買いに行くのが楽しみになった。およそ煙草というものとは無縁な人生、と思っていただけに、背徳的な喜びもあった。僕を昔から知る人はまさか僕が煙草を咥えているところなど想像もつかなかっただろうし、心配すらしただろう。僕は嫁との暮らしを始め、珈琲屋の友人に出会い、脱皮した。その象徴が煙草だった。
 思えば煙草を吸うようになる前も、何度か煙草を吸う夢を見た。けれど味はわからなかった。体験したことがなかったからだ。でも、尊敬する人(その人は全く煙草を吸うような人ではなかったが)が僕に煙草を「美味いぞ」と勧めるような夢を見た。
 それと、小学校の頃。ちょうど、ピアノを始め、ジャズにも興味を持ち始めた頃。よく、煙草を咥えながらピアノを弾く黒人の絵を描いた。とにかく絵になる気がしたから。実際、ココアシガレットを咥えながらピアノを弾いたり、紙を切って丸めて煙草に見立ててそれを咥えてピアノを弾いたりしていた。
 葉巻に辿り着いたのも、定められた運命だった。
 初めて葉巻を喫んだ晩のことは嫁には言わなかった。煙草くさいと言われたが、友人のせいにした。母親にも、大学時代付き合っていた彼女にも、煙草だけは吸うなと言われてきた。盲目的に、いや、当然のごとく、煙草は悪いモノ、いや、悪いとすら思っておらず、吸う意味がわからないと思っていた。酒があるから充分、と。
 だから、嫁も当然嫌がるものと決め込んでいたのだ。
 しかし、僕は心を開いた人には楽しかったことを話さずにはおれない質だから、ある日、話してしまった。先の友人と、シガーバーに行って葉巻を喫った後ショッピングモールの喫茶店で嫁と落ち合った。葉巻が美味すぎて、また、生まれて初めての"ヤニクラ" に興奮していた。嫁に話した。ちょっと喫わせてもらった、という体で。
 以外にも、褒められた。あんたはもっとやんちゃした方がいい。もっと遊んだ方がいい。新しい遊びが出来て良かったね。と。
 葉巻喫って褒めてくれる嫁で良かった。
 その後は、葉巻は高いし、もっとサクッと楽しみたいから、モンテクリストのシガリロを買ったりしている内に、コンビニにある"わかば" や"echo" がシガリロに分類されると知って、そいつらを喫い始めた。なんせ葉巻スタートだから、口腔喫煙しか知らなかった。ずっとふかして口の中で煙を転がしていた。
 ある日コンビニで見つけた、コイーバ。シガレットと並んで置いてあったが、シガリロかと思って買って喫ってみると、シガレットだった。葉巻しかしらない僕からすると物凄く軽く、物足りなく感じ、すぐ友人にあげた。
 けれど、それが契機となり、なんとなくコンビニでシガレットも買ってみたりするようになった。参考にした銘柄はPeace だ。その友人がPeaceを吸っていたからなんとなく選んだ。
 口腔喫煙しか知らない僕はPeaceも口腔喫煙で喫んだ。確かに葉巻に比べ、軽いとは思ったが、少し甘めの香りがとても美味しく感じた。それからはシガリロをやめ、Peaceをコンビニで買って喫むようになった。コンビニで手に入るという手軽さも良かった。
 そんなある日、世界の片隅のバーで、草の入った手巻き煙草をいただいた。草の作用をもたらすには、強く肺に吸い込む必要があった。その時初めて肺喫煙をした。あの酔い心地は初の肺喫煙によるものか、草によるものか。僕は今でも、肺喫煙によるものだと信じている。それから、肺喫煙をするようになった。あの草の味わいと肺喫煙がパブロフの犬したからだろう。
 考えてみればずっと吸いたかったのだ。拒否の裏には惹きつけられて止まないという感情がある。そして、押し込められていた自分を救う救世主的な象徴でもあった。僕は勝利したのだ。その象徴が煙草だ。
 で、今日も煙草を吸いながら書いている、、というところから日記を書こうとしたが、煙草の話になってしまった。アカショウビンが鳴き始め、空も明るみ始めたのでもう寝る。

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