隠れ家のような小さな映画館

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『隠れ家のような小さな映画館』 2020.8.28

阿佐ヶ谷にある“隠れ家のような小さな映画館”ユジク阿佐ヶ谷が8月いっぱいで休館する。

僕がユジク阿佐ヶ谷に初めて行ったのは開館間もない2015年だった。
当時は仕事で人と会って長時間話す事が続いて人疲れになり、休日ぐらいは誰にも会わずに一人になりたいと思っていた。
自宅と職場が近いため、自宅にいても仕事の事を忘れにくく、休日は特に行く当てもないのに東京に足を運び、自分が休める場所を探していた。週末の美術館は人混みで落ち着かず、お洒落なカフェは自分には似合わないし、店員さんや他のお客さんもいるので落ち着けなかった。
そんな時に辿り着いたのが、開館して間もないユジク阿佐ヶ谷だった。
四谷デッサン会の飲み会で誰から聞いたのだと思うが、当時は映画館に行く事も少なく、東京のミニシアターに行ったこともなかったが、なぜかその時は行ってみようと思った。

阿佐ヶ谷の街は東京なのにノンビリとした空気が流れていて、駅を降りてからも人の流れにせかされる感じがなく、駅前に広がる飲み屋街の賑わいは地元の人だけでなく、部外者でも受け入れてくれる感じがした。飲み屋街を抜けて少しだけ住宅街になりかけた先にユジク阿佐ヶ谷がある。もう少し駅から離れた住宅街にあったら地元民の場所になり、ヨソ者が立ち入ったら行けない気がするので、丁度良い距離に思えた。
初めて見た作品はフランスのアニメ映画「イルージョニスト」。細部まで丁寧描かれた映像はとても綺麗だったが、日本のロボットアニメを良く観ていた僕にはゆったりしたテンポがやや退屈に感じたが、10人にも満たない閑散とした客席でゆったりと映画を観ているのがとても心地良く、自分がノンビリと休める場所やっと発見できた気分だった。

それから僕は毎週のようにユジク阿佐ヶ谷へ通うようになった。
映画を観に行くのではなく、映画館に行く事が目的だった。
オレンジ色のテントのような入口を降りていくのが、隠れ家に入っていく感じを盛りあげる。開館して間もないユジク阿佐ヶ谷は客もまばらだったので、余計に自分だけが見つけた隠れ家に遊びに行く気分になれた。
黒板アートや派手過ぎない落ち着いたロビー、色鮮やかな次回公開のチラシもワクワク感を高めてくれる。開演時間が近づき、順番を呼ばれて中に入る。スクリーンも客席も小さい、手を伸ばせば天井に手が届きそうな狭さが、余計に隠れ家でひっそり映画を楽しむ気分を盛り上げてくれ、僕はお気に入りの場所は一番後ろの隅っこに座る。
映画が始まり暗闇に包まれると、映画の世界にどっぷり浸かっても良いし、ぐっすり眠っても良い、誰にも干渉されずに一人きりになれてノンビリと休める時間だった。


観たい作品とかジャンルにこだわらずに観に行った。
ミニシアター系、海外のアニメーション、ドキュメンタリー、クラシックな名作、歴史に埋もれた迷作など…今まで観なかった作品やジャンルの映画を観た事で、僕の映画を楽しむ幅を大きく広げる事ができた。当時は会員になるとユジク通信が郵送されてきたので、次に公開される自分が知らない映画の情報を知る事も楽しみの一つだった。
沢山の映画を観てわかった事は、ドキュメンタリー映画は凄く感動するか爆睡するかの二択で、フランス映画は自分のリズムと合わないのか、8割ぐらいの確率で眠るという事だった。
またユジク阿佐ヶ谷に通うようになった事で、都内の他の映画館にも興味が湧いて足を運ぶようになった。どの映画館も独自の趣向を凝らしていたが、自分が一番落ち着けたのはやっぱりユジク阿佐ヶ谷だった。
この素晴らしい映画館の魅力はどんどん広まっていき、週末や人気作では満席になる事も多くなり、映画館としては良い事ですが、僕としてはのんびりと一人で寛ぐのが難しくなってきたため、しだいに行く事が少なくなっていた。

休館するニュースを知り、新型コロナウイルスの影響もあり半年ぶりに足を運んだ。
黒板アートはあったが、次回公開の映画のチラシはなく、ユジク通信ではなくカラーコピー1枚だけの作品案内が休館する事を嫌でも感じさせた。
最後に観た作品は「セロ弾きのゴーシュ」。こういう昔のアニメの素晴らしさを気付かせてくれたのもユジク阿佐ヶ谷だった。スクリーンを観ていると改めてこの劇場の広さとスクリーンの大きさが丁度良く、作品に入り込みやすい映画館だった事を再認識した。
もしあの時がユジク阿佐ヶ谷に行かなければ、映画館で映画を観る楽しさに気づけず映画館に通うようになる事はなかったかもしれない。本当に幸運だったと思う。

作品が終わり外に出るとユジク阿佐ヶ谷の目印でもある「メリエスの月世界旅行」のポスターが見えた。ここで何本も映画を観たが、一番良かった作品はどれかと聞かれたら迷うことなく、僕はこの作品をあげる。
かつて世界中の人を楽しませたのに、いつの間にか歴史に埋もれてしまったフィルムが様々な人々の尽力や最新のテクノロジーで復元される様子は良質なSF小説を読み進めるような楽しさがあり、映画への夢が溢れている素敵なドキュメンタリー映画だった。何よりもこの映画館に出会わなければ観る事がなかった作品だった事も大きいと思う。
閉館ではなく休館なので、いつか再開すると思っています。
その時「メリエスの月世界旅行」のアンコール上映を強く希望します。
一番後ろの隅っこの席でゆったりと観たいけど、休館を惜しむ声が多いから難しそうですね。

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普段はSNSで描いたスケッチを投稿していますが、もっと文章を書いてみたいと思い投稿を始めました。

Instagram(kh870k:ピンクの象が目印です)で写真も投稿しているので良かったら見てくだい。

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