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ドリームキャッチャー【短編小説】

背もたれに体を預けて空っぽの部屋を見ていた。引っ越しの業者が、手際良く段ボールを運び出している。
私の荷物は案の定、少ない。
そもそも物がないんだもの。

「えーっと、指定されたお荷物は以上ですが何か他にありませんでしょうか」
帽子を取り、日に焼けた顔で聞いてくる。
優しい事に、目線まで合わせて。

「大丈夫です、搬入もよろしくお願いします。私も後から行きますので」

逞しく筋肉が付いた腕で帽子を被り直し
では後ほどお願いしますと一礼すると、走って車に飛び乗り、行ってしまった。

爽やかに取り残されて
私はぽつんと玄関の前にいた。

鍵はかけた後、ポストに入れるだけでいい様に話はついている。
私って信用されてんだな。
いや、何も出来ないってバカにされてるのか、
もう、どちらでも良いや。
楽で助かるんだもん。

私はクルッと部屋を見渡した。

親元を離れて、始めて一人暮らしをした部屋。ロフトが付いてて一目惚れしたんだよね。
見た目がとにかくオシャレで、使い勝手はすこぶる悪いオチ付き。
壁は薄かったし、窓を開けると空じゃなくて塀が見える様な部屋だったけど、私だけの特別な場所には違いなかったな。


引っ越しやら全てを決めた時、電話の母はいつもと同じ口調で
そかそか、あんたが決めたんなら良いよって、娘の一大事なのに軽い返事だった。
理解してくれているんだろうけど、今までかけた迷惑に慣れちゃって、それくらいじゃジタバタしなくなったのかな。
まぁ、どちらでも良いや。
深追いするだけ辛くなる事はしない主義なんだ、私は。


思い出した様にバックから色褪せた写真を取り出した。
私が引っ越しで、唯一自分でやったのは写真を片付けた事。

誰かの歌にあったよね、写真のあなたはいつも笑ってるってみたいな歌詞。
あれ、本当ね。
あなたもだけど私も笑ってる。
こんな顔して、私って笑うんだな。
最近こんな顔して笑ってるか自信が無い。

柄にも無く干渉に浸ってると、車が近づいてきた。
「お待たせしましたー。もうトラックは行っちゃったー?」

彼女との付き合いは1年くらいで嫌いじゃないけど、語尾を伸ばす言い方は時々耳障り。
でも人を選り好みしちゃいけないのよね。

「10分くらい前かな。先に行ってもらったよ」

彼女は、そーなんだーと返事をしながら、さっさと私と私の荷物を車に乗せて、えっと南区2丁目だったよねとメモを探している。

「私の携帯でナビするから、とりあえず中央病院方面に行って」
そう言うと、助かるーと笑顔で車を出した。

見慣れた景色が遠くなるのは悲しいとは違う。それは寂しいとも違う。
私は漠然とした、今から始まる新しい全てに不安なんだと思う。


突然ガチャンと派手に身体が揺さぶられた。
「大丈夫?この道ちょうど工事中みたい。身体痛くない?迂回する?」
彼女はバックミラーで私を見た。
「平気。クッションあるから」
私の返事を聞いて、
ならこのまま行くねと、彼女はガチャンガチャンと音を立てて車を走らせた。

私はまるで私の生き様の様な凸凹道に苦笑した。
一度、大きくガチャンと身体が揺れて新しく舗装された道に切り替わった。

ほら、まるでこれから私の歩む道みたいじゃないの。
大きな段差を超えたら、きっとスイスイ行くんだよ。
私はコールタールの匂いを微かに感じながら
何かを信じたい自分を思った。


運転しながら彼女の口は動きっぱなしだった。
私はうんうんと頷きながらもろくに聞いてはいなかった。
彼女をBGMにして車は走る。
緊張からか、知らないうちに太ももに爪を食い込ませている事に気がついた。
慌ててスカートをたくし上げると、古い傷跡の横に赤い三日月の跡がついていた。


目的地周辺です、と言うナビの声がして、見慣れた家の前で車は止まった。
「さぁ、新しい生活の始まりだねー」
彼女は楽しそうに、車輪を固定するバーを外し、リフトを下ろした。
私を静かに下すと、ブレーキをお願いーと叫び、引っ越しのトラックの先にいる加藤に駆け寄って行った。
加藤は、こちらに気がつくと満面の笑みで彼女に話しかけ、近づいてくる。
私はブレーキを外し、車輪に手をかけ、前に漕いだ。

「いらっしゃい。もうほとんど終わったよ。後は主人公を待つだけだった」
長い指が私の頭をくしゃくしゃっと搔いた。

私は、うんと頷いて、これ、と色褪せた写真を見せた。
「懐かしいな、まだサトの足が自力な頃だ」
笑いながら1枚1枚見ている。

立てた時は、少し顔を上げるだけで顔はそこにあったのに、今はこんなにも遠いんだ。


急にほっぺたを両手で挟まれた私は、びっくりして顔を上げた。
「今と昔を比べても仕方ないよ。それが恋しくないと言えば嘘になる。また並んで歩きたいって思う時もあるよ。今は君の後ろを押して歩くからね。
でも、後ろから見る、サトがいる景色を歩くのも悪くない」
加藤は、しゃがみ込み、私の目を見て言う。

「2人で呆れる位に話したじゃないか。いい加減サトも腹を括れよ」
俺は腹を括ったぞと笑いながら言う顔は、写真の顔と同じだ。

「バイバイ、今までのサト、だ。これからは加藤サトだからな」
不自然に大きな声で、よろしくお願いしますと加藤が出した手を私は握り、笑った。
もしかしたら加藤も、自分を鼓舞してるのかもしれないなと、ふと思った。

足が動かなくなった私。
これからも未来は逆転なんかしない。
そんな私になっても変わらずそばにいてくれるなんて稀有だ。
だから私は加藤サトになる。




俺はサトの手を握って、正直これからの生活を少し憂いていた。
サトの足を知って狼狽えなかったはずがない。
正直もう終わったと思った。
意識なく話していた未来が全てひっくり返されたんだから、仕方ないさ。
サトもそんな俺が分かったのか、距離を取る様になったしね。
あの1年は地獄とまでは言わないけど、最悪だったのは間違いない。
言い合いばかりで会うのもキツかった。
サトも出来い事だらけで辛かったんだろなと今は思うけど、どうしようもなく俺も辛かった。


サトと一緒になる事を親に話したら
慈悲では一生暮らせないんだぞと一蹴された。
慈悲なんかじゃないって啖呵切ったけど、じゃあ何で俺はサトを選んだんだろう。
もちろんサトの事は好きだし大切だ。
けれど正直、多くの事を諦めたのも事実だ。
男の生理欲求は、金さえ払えばどうにかなるのも知った。
サトの手は普通に動くし、会話も出来る。
歩けない事で、それだけで終わってしまいたくないと思ったのは事実なんだ。

だけど、何だろう、この漠然とした途轍もない不安は。
まるで握っているサトの手の異常な冷たさの様に、世の中からお前には無理だと突き放されている様だ。
俺は何を見せたいんだろう。
俺は違う、出来るんだと誰かに示したいのか。


ねえ、と私はぼんやり新居を眺める加藤の手を揺らした。
「どした?」と見つめる加藤の目に、私はあるものを見た。

「ねぇ、ドリームキャッチャーって知ってる?」
加藤は、ん?と聞いて、あぁと答えた。
「あの良い夢見るやつだろ。インディアンの魔除けだったっけ?」
「うん、急に思い出した」

何だよそれと笑う加藤に
私は出来るだけ無邪気な顔を見せた。

悪夢は網目に引っかかり夜明けと共に消えるの。
良い夢は羽を伝って降りてくるんだよ。

どちらの夢を私たちは見るのかな。 

私の知らない加藤と加藤の知らない私。

私はスカートの下の赤い三日月の傷を思った。


3つ目の小説を書きました。
モヤっとした螺旋階段の様なくるくるとした思考が残るようなものにしたかったのですが、やっぱり終わりが難しいです💦
また課題が出てしまいましたが、次の反省にします。
読んで頂き、ありがとうございます( ´ ▽ ` )


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