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最高音質 Luke Vibertを分析

こんにちは、Nacoです。

国内外のアンダーグラウンドで絶大な支持を得ているクリエイター、Luke Vibert(ルークヴァイバート)を知っていますか?僕にとっては神様です。

彼の作品が素晴らしいことは勿論、毎回異常に音がいいんです。世界で最も高音質のクラブミュージックを作るアーティストと言って差し支えありません。大袈裟ではないですよ。

Luke Vibertの音楽的価値は言うまでもありませんので、今回は技術的な側面について、僕なりに分析してみたいと思います。(非エンジニアのアマチュアによる分析です、なにか間違いや気づいた点などあればご連絡ください)

僕は自分のレーベルで自分の音楽をよくリリースしています。知的好奇心を揺さぶる脳みそが喜ぶタイプのベースミュージックを作ってます。
https://85acid.bandcamp.com/

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分析するトラック

Lukeは様々な名義で数多くリリースしていますが、それぞれの良さが均等に詰まった本名名義の『Juice』をセレクト。2018年のリリースです。

どうでしょうか?めちゃくちゃ音良くないですか?ピーキーでもエネルギッシュでもなく、勿論過剰に圧縮された様子も無い。しかし聞こえるところはしっかり聞こえていて不思議ではありませんか?2000年前半以降のLuke Vibertのプロダクトは全てこの音質です。

分析に利用するツール

みんな大好きADPTR Audio Metric ABを使用、設定はデフォルトのままです。現行のアナライザでは最強ですので未所持の人は是非。通常価格199ドルですがたまに39ドルになります。見逃さないようにPlugin Allianceのメーリスに登録しておきましょう。(Plugin Allianceは定期的に鬼安セールを実施するうえ、扱ってるプラグインがだいたい高品質です)

なぜ音がよく聞こえるのか?

『Juice』がよく聞こえる理由はざっくり以下の通りだと思います。

1. クラップの音がデカイ
2. 開始30秒からのサイン波のベースが生々しい
3. 現場鳴りを超意識したミックスバランス

クラップの音がデカイ

アナライザを通すまでもなく「デカイ」と感じられるレベルですが、実際に波形で見てもやっぱり「デカイ」ことが分かります。しかもかなりデカイ。

こちらがクラップが鳴っていないときの写真。

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続いてクラップが鳴っているときの写真。

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800Hz〜8kHzまで見事に均等に、クラップが鳴るときだけ持ち上がっています。一つの音が鳴る毎にここまで広い範囲の周波数がクイッと反応するトラックは多くありません。

クラップは中域を広くカバーする音ではあります…しかし、クラップが際立つスペースを確保しつつ、不自然にならないようにグルーヴを保つのって実際難しい。

「本当に?」と思うなら一度やってみてください。スネアやクラップの音が巨大な曲(浮いてる曲)って、意外と他のパートと馴染ませるのが難しいんです。その代わり、うまくいったときのヤバさは凄まじいですし、現場映えしまくります。

サイン波のベースが生々しい

開始30秒で登場するサイン波が異常に生々しい。これはなぜだろうか…と考えました。目の前にあるかのようにデザインされています。

通常、音を前に出す場合、コンプで圧縮しゲインを稼ぎます。しかし経験上、それだけで「ぐいっと前にでてくる感じ」を演出できるわけではありません。『Juice』のサイン波はなんというかこう…迫ってくる感じがあるんですよね。最初聞いたときのインパクトが普通のベースと違うんです。

曲前半と、ベースが入ってくる30秒辺りをアナライザで見てみます。

まず前半。(この時点で20Hz以下が振れているのがすごく気になりますが、後述します)

スクリーンショット 2020-09-22 22.34.36

次に30秒のところ。

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主に50Hzですね。ここから先はずっと50〜60Hzが-12dbをキープし続けており、曲中で最も音量の大きいパートとして維持されます。

ただ、クラブミュージックはベースが一番デカくて当前ですので、アナライザを見るだけでは「生々しさ」の理由は分かりませんでした。

ここからは仮設ですが、前回の僕の記事クラブミュージックの低音実務でも触れたとおり、低音に過剰なコンプレッションを掛けていないことが理由では無いかと思います。多くのクラブミュージックは低音に過剰なコンプレッションを掛けていますが、圧縮しない低音は、圧縮した低音に比べてクリアに聞こえる傾向があります。

また『Juice』のベースはピッチエンベロープを使っています。サイン波にピッチエンベロープをとても速く掛けるとキックになるのですが、それを少し遅くすると、人間が認識できるレベルの急激なピッチの変化が発生しますが、それが異様=生々しさにつながっている…のかもしれないです。

というわけで、生々しさの理由はちょっと分からないですね。分かる人居たら教えて下さい。

現場鳴りを超意識したミックスバランス

『Juice』は「クラップ」と「ベース」に主軸を置いたトラックであることが分かりましたが、その2つを際立たせるには、他のパートの音量を相対的に下げつつ、更に優先順位を付けなければなりません。

『Juice』をヘッドフォンで聞いてみると、他のクラブミュージックに比べて圧力が低く、うるさく感じない印象を受けました。かといってスカスカではなく踊れる音に仕上がっているのです。

このバランスについては、ステレオイメージを確認することで少し分かった気がします。

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この写真は『Juice』が様々な音で彩られているとき(1分30秒くらい)の様子です。写真の見方について簡単に説明すると、青い領域が大きければ大きいほど音が広がって聞こえることを示します。ちなみに、一切広がりが無いモノラル(左右の信号が完全に同一)の場合はこうなります。

スクリーンショット 2020-09-22 23.09.09

さて本題ですが、クラップの分析で以下の通り説明しました。

800Hz〜8kHzまで見事に均等に、クラップが鳴るときだけ持ち上がっています。一つの音が鳴る毎にここまで広い範囲の周波数がクイッと反応するトラックは多くありません。

これはつまり、少なくとも「800Hz〜8kHzまでは、クラップの音量が最も大きい」ことを示しており、また逆に「800Hz〜8kHzまでは、クラップ以外の音量は小さい」ことを示しています。(2mixでの分析ですので、厳密にこの周波数帯でしかクラップが鳴っていないと言いたいわけではありません。後述しますが『Juice』のクラップはレンジがとても広いです)

ややこしいことを言いましたが、要は「クラップが一番デカイ」ってことです。

ですが、クラップ以外の音を単純に小さくするだけではグルーヴが出ないので、リバーブで諸問題をクリアしていると思われます。

ヘッドフォンで聞くと分かりますが、クラップとベース、定番のブレイクビーツ「Think」、一部のボイスサンプル以外には、薄っすらと広めのリバーブが挿されており、空間をまとめている印象を受けます。

その証拠に、先程の写真の通り音像がきれいに左右に広がっています。この逆三角形のバランスはよく見られますし理想的な形なんですが、広がりを作れば、大きなダイナミクスも自然に聞こえるようにコントロールできる…ということがよく分かりますね。

その他の気になる点

先程少し振れましたが、20Hz以下がずっと反応しっぱなしでした。何が反応しているのか注意深く観察していましたが、なんとクラップでした。とてもレンジの広いクラップを使っているんですね。

更にステレオイメージを見ていただけると分かりますが、50Hz以下の左右の信号差異がエグいです(低音が左右にブレている)。普通ここはできるだけモノラルにするんですが…そしてなんとこれもクラップでした。

個人的にはこの超低域の処理に感銘を受けました。さすがにクラップの超低音は不要だろうと思っていつも切っているんですが、たしかにクラップには超低音が含まれがちなんですよね。残したほうがいいのかも。

『Juice』のクラップをLuke Vibertが自炊しているのかどうか気になったので自分のサンプルライブラリを漁ってみたんですが、似たようなクラップはテックハウス周辺のパックを掘れば存外ありますね。それを無加工で、かつデカイ音で上手く使ったトラックが『Juice』って感じ。

また、ダンスミュージックの要となるキックが控えめで、ベースでグルーヴキープしているのが玄人って感じします。まぁ、ブレイクビーツなんで当たり前か。僕はバカなので、キックはいつもデカくしちゃいますが…。

『Juice』におけるミックスダウンのポイント

あくまでも2mixの分析なので正確なことは分かりませんが、ここまでの分析を元に『Juice』におけるミックスダウンのポイントを予想しました。

・まず全体の音量が低めになるようにラウドネス曲線に従ったバランスで忠実にレベリングを行い、その後クラップの音量を不自然にならない低度まで上げていく。
・レンジの広いクラップに過剰なEQを施さず、レベリングのみで前に出す。また、超低音はそのままにしておく。
・ベースのコンプレッションは薄くかける。
・キックはアタックが聞こえる低度にしつつ音量を抑えておく。
・メロディはベースとの親和性を第一に考え、失われた音量感はリバーブで取り戻す。

この通りに処理すれば、実質『Juice』っぽいバランスになるかもしれません。

まとめ

僕含め、友人知人にもLuke Vibert信者が多いのですが、その音質について突っ込んだ分析をしたことがありませんでした。実際によく聞いて分析してみると分かることやタメになることが非常に多いですね。

しかし…当たり前のことを当たり前にやりつつも、個性を感じる素晴らしいエンジニアリングでした。感服。皆さんも自分の好きなアーティストの分析をしてみてはどうですか?

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以上、お読みいただきありがとうございました。

最後にもう一回宣伝。

僕は自分のレーベルで自分の音楽をよくリリースしています。知的好奇心を揺さぶる脳みそが喜ぶタイプのベースミュージックを作ってます。
https://85acid.bandcamp.com/

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