【読書記録】陰翳礼讃

谷崎潤一郎/著 中央公論社

 著者曰く、日本にはどこか翳の部分、暗い部分を愛でる文化がある。古色を帯びた家財道具に美を感じる(つまるところ手垢を愛でているのだ、風流はむさきものである)。能や歌舞伎の衣装は、本来闇の中に仄かに煌めくのが美しい。はたまたほどよい昏さのある厠が家じゅうで一番風流なところだと思う。などなど、様々な陰翳の美を挙げつつ、すべてを光の元にさらそうとする昨今の風潮を批判的に述べる。西洋式のピカピカした清潔一辺倒のトイレは落ち着かないらしいのだ。
 谷崎潤一郎が有名だからか、上記のような説が多方面で囁かれているためかは分からないが、これまでに何となく聞いたことはある話だ。もっと言えば、ここ数年私は「日本独自の文化の傾向」という話にちょっと懐疑的になっている。ただ、陰翳を愛し、ピカピカ一辺倒に辟易するという気持ちは、分かるなぁと思う(厠は思いっきり清潔であって欲しいけれど)。
 例えば以前宮崎で見た神楽、真っ白な蛍光灯の下でなく、影を際立たせる松明の下とか、面をぼんやりと浮かび上がらせる月明りの下であればどんなに美しいだろうかと思う。またこの季節になると夜桜のライトアップが盛んだが、人工の明かりのないなかで見たら幽玄このうえないに違いない。観光地の五重塔なんかもよくライトアップされているが、暗い夜空に黒々と浮かび上がる姿が見てみたいものだと思う。
 が、具体的にライトアップのない夜桜とか観光名所とかを考えると頭をよぎるのが、治安上の問題である。陰翳は風流、風流は手間のかかるものなのだ。どこかお金のある観光地で、警備に予算を割いて陰翳を楽しめるようにしてくれないかなぁ。