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窓から見えるちいさな景色

春がきそうだ。

30度超えの真夏のただなかにいるみなさんには、何を言っているんだと怒られるかもしれない。ここは季節が真逆の南半球なので許してほしい。

真逆なら、いまは真冬のはずじゃないか。

そう。8月は冬だ。南極からの冷たい風が吹きつけて、芯まで冷える夜気が木造平屋の隙間から入り込んでくる。

はずなのに。なんだか春の気配がする。だって、隣の家の緋寒桜のつぼみが、いまにも破裂しそうなくらい膨らんでいる。

緋寒桜は、かわいい。ピンクよりも濃い赤に近い花が咲き始めると、どこからともなくTuiが飛んでくる。Tuiとは、ニュージーランドにいる鳥の名前だ。

鳩よりもやや小さいくらいのサイズで、胸元の白いポンポンがトレードマーク。

お隣の家の立派な緋寒桜が色付きはじめ、黒と緑のTuiの姿を確認すると「春がやってくるんだな」という気分になる。

我が家のドライブウェイ(車が入る部分)に覆いかぶさるようなこの木。キッチンに立って身を乗り出すと、色鮮やかな花が見える。キッチンから続くダイニングの椅子に座っても、視界の住みに春の色がうつりこんでくる。

けれど、この木を眺めるのに私が一番好きな場所は、お風呂場前の廊下だ。

歯磨きをするとき、お風呂場前の廊下にしゃがみこむ。なんでそんなところで、と思われるかもしれないけれど、廊下にしゃがんで歯を磨くのが一番楽なのだ。普段人には言えない家の中の不思議な行動って、誰にでもあると思う。

とにかく、お風呂場の前の廊下に歯ブラシをもってしゃがむ。風呂場には50センチ×90センチくらいの小窓がある。わずかに視線を上げると、小窓いっぱいに広がるピンク色が見える。春の足音が聞こえるこの時期だけ、小さな窓は絵画のように外の景色を切り取ってくれる。

私の住んでいる家は、1950年に建てられた。もう、70歳近くだ。ニュージーランドの住宅は、リノベーションを繰り返した古い建物が多い。1910年代~50年代の建築物には、いまでは考えられないくらいの太い柱がつかわれている。

市役所に残された記録によると、私たちは4代目オーナーだ。住んで2年ちょっとだけれど、この家を建てた人が太陽の動きを計算して設計したということがわかる。

朝日が入り込むダイニングとキッチン。午後の光に照らされるリビング。古い家で、窓枠なんていまだ木枠。隙間風が入り込み、冬はカビが気になるけれど、住む人の建物への愛着を感じられるこの家が私は好きだ。

お風呂場の小窓も、もしかしたらこんなふうに外の景色を切り取ることを想定してつくられたのだろうか。でも、70年前だったらお隣の緋寒桜はきっとなかっただろう。

だから、いま見ている景色は長い年月と偶然が切り取ったものなのだ。人の生活に密着しているはずなのに、こちらの存在などおかまいなしに、窓の外の季節はうつろっていく。

いつかこの家を手放す日が来ても、ちいさな窓に切り取られた景色はずっと覚えてる気がする。ずっと、ずっと。

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