まだ手をつなげない日の朝のこと
5月18日、月曜日。雲の隙間から日の光が差し込む午前8時30分。
「そろそろいくよ」と玄関横の壁にかけた車のキーを手にとって、リビングで遊ぶ娘に声をかける。はっと顔を上げた娘が、ピンクのニットワンピースの裾を翻しながら私の前を通り過ぎ、真新しいスニーカーを手にとる。
耳にかけられるほど長くなった茶色の前髪が、初冬の朝日のなかでゆれる。
56日ぶりに、小学校へと向かう朝。それは、待ち望んでいた喜びと、これまでとは違う生活への微かな不安が混在する朝。
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COVID-19の感染拡大防止のため、3月26日から全土ロックダウンとなったニュージーランドは、約8週間を経て、多くのビジネスや人々の活動が再開した。
警戒レベルが2となった先週の木曜日から、人が街に戻りはじめた。カフェでも店内で飲食ができるようになった。オンラインでしか稼働していなかったおもちゃ屋が開いている。
ゆっくりと、部分的に、日常が波のように戻ってくるのを見ている。
一方で、もう二度と開かないレストランもある。ジムは人数制限のため事前予約制になった。10人以上の集まりは禁止されている。手洗いと距離をとることは依然として重要事項だ。
もちろん、人によって「警戒度」のばらつきはあるのだけれど。
この以前と同じではない生活は、約2か月続いたロックダウンよりも、おそらく長く続くのだろうなあと、あまり深刻に考えないようにしながら心に留めておく。
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小学校に向かう道路を曲がると、歩道からフェンス越しに校庭を覗いている大人の後ろ姿が目に入った。新ルールでは、保護者は校門から先へは入れない。
教室に向かうわが子にむかって笑顔で手を振る親たち。その背中からは、ほんのりと心配の二文字が漂っている。
駐車スペースに車を止め外にでる。娘が座っている側のドアをあける。「お母さんは教室には行けない」と、ちゃんと理解している6歳の彼女は、いつもなら私に持たせるリュックサックを自分で背負う。
「行ってらっしゃい」とハグすると、娘は校門に向かって歩きはじめた。
約2か月。家のなかにいたときは、ずいぶんと身長が伸びたなあなんて思っていたのに。外の世界に出てみると、まだ小さい。まだまだ小さい。
ランチボックスと着替えしか入っていないリュックが不安定に揺れている。
校門をくぐったら、机の上に手を消毒するためのサニタイザーが置いてある。学校内で厳密な距離制限はないけれど、ハグも握手もしてはいけないことになっている。
まだ手はつなげない。
けれど。
教室の入り口で、笑顔の先生が立っている。娘は、大きな声で会いたかった友達の名前を呼ぶ。
その瞬間は、うっすらと灰色の雲がかかっていた日々に、たしかに鮮やかな色をつける。
思っていたほど劇的に世界は元に戻らなくて。それでも、こんな朝を積み重ねながら、私たちは少しずつ日常を取り戻していく。
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