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遅れてきたGS(グループサウンズ) 9 ~昭和グラフィティ~

昭和40年(1965年)秋 @金沢(卯辰山)ヘルスセンター2


「御三家の中では、誰が一番好きやの?私はね、やっぱり橋君かなあ」
博臣の母親は横座りのまま、心底リラックスして切り出した。
彼女たちのママ友女子会は、いつもこんな風に始まる。
「そういえば、橋君、金沢観光会館で切りつけられたやろ?ほんまに無事でよかったわぁ。橋君、ずっとボクシングやっとったやろ?そやから素手で刀防げたんやな。やっぱイカすわぁ。……そやけど、橋君、金沢のこと嫌いになったやろか?」
一昨年、橋 幸夫が金沢市の観光会館でショーを催した際、フィナーレで、客席から軍刀を持った暴漢がステージに乱入し、橋を切りつけた事件のことを言っているのだ。
(どうしてこの人、自分がまるで金沢の代表になったかのように話すのだろう?)
由美の母親は、少しイラッとした。常日頃から、
(博臣の母親は、いつも余計なことを言うなぁ)
と思っているのだ。画像1

「あの時、観光会館に観に行ってた人?」
博臣の母親の問いかけに、後の二人はそろって首を横に振った。
大人気の橋 幸夫のコンサートチケットは、そう簡単には手に入らないのだ。
「舟木君も学生服と八重歯がいいわぁ。お父さんは津幡町(石川県の町名、金沢市に隣接している)のご出身なんやて。なんか応援しとうなってくるわぁ」
今まで、橋のことを話題にしていたというのに、博臣の母親の話はポンポンとあちこちに飛ぶ。
(舟木君のお父さんの出身なんて、どうでもいいと思うけどなぁ)
ここでも由美の母親は、心中密かに思った。

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博臣の母親にとっては、橋と舟木が“推しメン”なのだが、他の二人の“推しメン”は違っていた。それでも橋や舟木が出演している「青春歌謡映画」が封切られると、三人とも、必ず、観に行っていた。
橋のいなせなカッコよさや舟木の叙情ソングは、やはり彼女たちの琴線に触れるのだった。
何よりも映画の中で、数々のヒット曲を歌ってくれるのがいい。
さらに、家の小さな白黒テレビで観るのではなく、映画館の大きなスクリーンで、しかもカラー画面で観ると、ことのほか、うっとりしてしまうのだった。
女子高生なら、「明星」や「平凡」といったアイドル雑誌や、お気に入りの歌手のブロマイドも買えるだろうが、主婦の身では、近所の手前、そんなミーハーぶりを発揮することは出来なかった。
だから、「青春歌謡映画」は三人にとって、当時、大きな娯楽だった。

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「御三家の中だったら、私は西郷君かな?」
ずっと聞き役に徹していた明の母親が、ここでようやく口を挟んだ。「青春歌謡路線」でデビューした西郷 輝彦が最近、ポップス路線に転向して好ましく思っていたのだ。

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(あなたは、昔から日本語のポップスが好みだもんね)
由美の母親は心の中で呟いた。
さらに、明の母親は続ける。
「私は、三田 明が一番好きなんだけど、どうして、三田君は御三家に入らなかったんだろう?」
「そうよねぇ。あなた、三田君が好きすぎて、自分の子どもに明って名前まで付けちゃったんだもんねぇ」
博臣の母親がすかさず冷やかす。
(おいおい、それは順番が逆でしょ!アキたちが産まれた後に、三田 明がデビューしてるでしょ!)
思わず、心の中でツッコミを入れる由美の母親だった。
(それに、後半の質問に答えていないし)
実際、御三家の中に、なぜ三田 明が入らなかったか?当時、この疑問を多くの人が抱いたのではないだろうか?

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由美の母親は、この件に関して、ある見解を抱いていた。
(それは、橋 幸夫と三田 明のレコード会社が同じビクターだからよ。二人揃って、御三家に入れるなんて、他のレコード会社が反対したに決まっている)
でも、彼女自身は憶測でものを言うのは嫌いなタイプなので、黙ってニコニコしながら、何もコメントしなかった。

明の母親は、日本語で歌う洋楽のカバ―曲が好きだった。それは、洋楽の雰囲気は好きだけれど、英語の歌詞がまったく理解できないからというシンプルな理由からである。

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そこで、
「『悲しき願い』がイカしている」
と口にしたところ、博臣の母親が、すかさず、
「尾藤 イサオやろ?ちょっと不良っぽいわあ」
と眉をひそめた。
「あんた、そう言えばこの前、明君が家に来た時、『みんなおいらが悪いのさぁ~』なんて歌っていたから、『おいらなんて下品な言葉、やめなさい』って叱っておいたわよぉ。あんた、そんな歌ばっかり聞いていると、明君、不良になってしまうわ」
と博臣の母親がまた余計なことを口にした。

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https://search.yahoo.co.jp/video/search;_ylt=A2RCAw2GDU1dl0YAGhWHrPN7?p=%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%81%AE%E5%BD%BC%E6%96%B9%E3%81%AB&aq=-1&oq=&ei=UTF-8

仕方なく、明の母親が
「『太陽の彼方に』も好き」
と言ったところ、
「そやけど、アメリカの歌に日本語の歌詞つけただけやろ?なんかアメリカかぶれみたいで私は好かんわ。それに、エレキやったら若大将の方がいいわあ。加山 雄三は、いかにも、いいとこのボンボンといった感じでかっこいいしなぁ」
と、また話題が変わった。

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確かに、加山 雄三はかっこいい。エレキギターを弾きながら歌っている姿なんて、御三家
や三田 明にはない魅力がある。それにエレキギターを弾いているのに加山 雄三には不良
のイメージが全くない。あくまでも、健康的な好男子のイメージである。
加山 雄三の「若大将シリーズ」も、彼女たちが好んで観ている映画だった。
「幸せだなぁ。ボカぁ、君と居る時が……」
と鼻の横を擦りながら、彼女たちは「君といつまでも」の台詞の真似をして笑い転げるのだった。
おしゃべりも長時間にわたったところで、一息つきたくなってきた。
「じゃあ、ここらでちょっとお風呂に行こうか?」
博臣の母親が切り出すと
「私は遠慮しとくわ。荷物番がおらんと不用心やし、子どもらも、いつ帰ってくるかも分らんし」
咄嗟に、由美の母親が断った。
「そんなつきあいの悪いこと言わんと。貴重品だけ持っていけば大丈夫やわぁ。子どもらも平気やて」
と促しても、
「いやあ、遠慮しとく。私、湯冷めすると、すぐに風邪引くがや」
と頑なに拒絶するのだった。
(あの人が、なんで、一緒にお風呂に入ろうとしないか。私、彼女の秘密、知ってるんだ)
明の母親は、心の中でそっと呟くのだった。

(続く)

(文 宮津 大蔵/編集・校正 伊藤 万里/デザイン 野口 千紘)

*以下の方々に、写真・エピソード・情報・アドバイス等提供いただいて「遅れてきたGSは書き継いできています。ご協力に感謝してお名前を記させていただきます。(順不同)

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*この物語はフィクションです。実在するいかなる人物、団体等には一切関係がありません。

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