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遅れてきたGS(グループサウンズ)13 ~昭和グラフィティ~

昭和41年(1966年)~@金沢

「お母さん、ちょっとお買いものしてくるからね。ここで待っててね」
明の母親は近所の行きつけの喫茶店で、顔見知りのウエイトレスに
「すみません。よろしくお願いいたします」
と明のことを頼んで、自分だけ買い物に出かけた。

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「はい。ごゆっくり」
愛想良く応じたそのウエイトレスは、
「アキちゃん、何にする?」
とにっこりと笑いかけた。男の子なのに髪をおかっぱにして愛くるしい明は、彼女のお気に入りなのだ。
明もすっかり慣れたもので
「レスカ下さい」」
といつものようにオーダーする。
レモンスカッシュを業界用語で「レスカ」と言う。そんな言い方がなんとなくかっこよくて明だけでなく、世間の人たちは、よく口真似をしたものだ。
「はい。レスカ、ワンです」
よく通る声で彼女はカウンターにオーダーを通す。

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冷コー(アイスコーヒー)、クリソー(クリームソーダ)、アイミティー(アイスミルクティー)その他にも様々な符牒があった。小さな頃から喫茶店に入り浸っていた明は、そのすべてを理解していた。
「アキちゃん、レスカ好きねぇ」
ウエイトレスは、明の事が可愛くてたまらない。
「うん、アキはレモンが好きなの!」
「えー、レモンってすっぱいでしょ?」
「うーん、でもぉ、アキは黄色いものが好きなの!」
「じゃあ、バナナは?バナナだって黄色いでしょ?」
「バナナはつまらない。レモンがいいの!」
それを聞いてウエイトレスはころころ笑う。俗にいう「箸が転んでもおかしい」お年頃なのだ。
運ばれてきたレモンスカッシュをストローで啜りながら、明はおとなしく広告の裏紙にお絵かきを始める。

今ではちょっと考えにくいことだが、この時代、母親がお店の人に自分の子供をちょっと預かってもらって、自分だけ用足しに出ることがよくあった。
人情が厚く平和な時代であったからとも言えるが…それでも、一歩家を出ると、子どもにとって危険なこともいっぱいあった。

「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐事件」……1963(昭和38)年。当時4歳だった吉展ちゃんが、身代金目的で誘拐された。

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犯人は身代金の奪取に成功したにも関わらず、吉展ちゃんは解放されなかった。
事件は容易には解決しなかった。実に2年3か月もの間、犯人は逮捕されることなく、吉展ちゃんの行方もわからなかったのである。
時効直前になってようやく犯人は逮捕されたが、吉展ちゃんは既に帰らぬ人となっており、最悪の結末を迎えてしまった。
この事件は世の母親たちを震撼させた。
「知らない人についていったら駄目やぞ。吉展ちゃん可哀想やったやろ」
自分の子どもに口を酸っぱくしてそう言い聞かせると、子どもたちは、吉展ちゃんのことを思って涙ぐむのだった。

明はたまたま一人で下校している時に、危うい目にあったことがある。
トラックが真横に停まり、
「送ってやるから、乗っていきな」
と誘われたのだった。
初夏らしい暑い日だったし、早く家に帰りたかったので、本音を言えば送ってほしかった。
しかし、
「いい。乗らない」
とかろうじて断ることが出来た。毎朝のように、母親から「吉展ちゃん可哀想やったやろ?」と教え込まれていた成果である。
それから時々、明はあの時トラックに乗っていたら自分はどうなっていたのだろう?と夢想するようになる。
危ない目にあったことは、なぜだか母親には報告しなかった。

誘拐だけではない。幼い子供たちにとって、当時は、一歩外に出るといろんな危険が待ち受けていた。
例えば、そこら中に野良犬がいた。
当時、三人の住む辺りには、首輪をつけていない野犬たちが我が物顔で歩き回っていた。親たちは子どもに度々言い聞かせていた。
「野良犬に噛まれると狂犬病に罹る。決して、犬を刺激してはいけない。野良犬がいたら黙ってやり過ごせ」と。
そのため、子どもたちは野良犬に遭遇するとじっと立ち尽くしていた。
野良犬が寄ってきても逃げ出せなかったのだ。下手に走ると追いかけられるから。
野良犬がよだれを垂らしながら舌を出し、ハアハア言いながら傍まで寄って来られると、恐怖のあまりつい駆け出したくなるのだが、じっと我慢してゆっくりゆっくり後ずさりしながら逃げるのだった。

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この頃は、雑草が生い茂る空き地は普通にあったし、空き地には土管というものが付き物だった。

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子どもたちは土管の中を覗くのが好きだった。
それから、当然のように中にも入る。
くぐりぬけると向こう側には違う世界が待っているような気がした。
テレビの「タイムトンネル」のように、違う時代に行けるような気分でいたのだ。

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ある日、明は空き地の土管の中に犬の死骸を見つけた。
初めて目にした大きな動物の死体だった。
「由美ちゃんとヒロ君にも教えよう!」
三人でおそるおそる土管の中を覗き込む。
「毎日、見に来ようよ!いつかきっとガイコツになるよ!」
由美の提案に、明と博臣は想像しただけで身震いしたのだが、それでも好奇心には勝てなかった。
学校から帰ると毎日、観察しに行った。
どんなふうに死骸が変貌していくのか楽しみだったのだ。
ところがある日、いつものように土管の中を覗くと、犬の死骸は忽然と消えていた。
「タイムトンネルでどこか違う時代に行っちゃったかな?」
夢見る少年の博臣が目を輝かせたが、
「けっ!誰か大人が片付けたに決まってるよ」
と由美は身も蓋もない発言をして、その日を境に、彼らの「観察」は終わってしまった。

                             (続く)

(文 宮津 大蔵 / 編集・校正 伊藤万里 / デザイン 野口千紘 )
*この物語はフィクションであり、実在する人物、団体、事件等とは一切関係ありません。
 
*以下の方々に、写真・エピソード・情報・アドバイス等提供いただいて「遅れてきたGSは書き継いできています。ご協力に感謝してお名前を記させていただきます。(順不同)

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