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遅れてきたGS(グループサウンズ) 7 ~昭和グラフィティ~

昭和40年(1965年)秋 3人@金沢

どういう理由か、由美の母親は、お風呂屋さんに3人を連れて行こうとはしなかった。
明も博臣も、由美の母親とお風呂屋さんに行きたいと願っていたが、一向に、その願いが叶えられることはなかった。
その代わり、当時、金沢片町にあったデパートの「大和」に、3人をよく連れて行ってくれた。
「大和」に行く時には、よそいきの洋服を着られるので3人とも嬉しかった。
由美の母親は特に何かを買ってくれるわけではなかったが、それでもデパートに行くこと自体が嬉しかったのだ。
由美の母親が自分の買い物をしている間、3人でかくれんぼや鬼ごっこをしながら待つように言われた。
「絶対に、エレベーターやエスカレーターに勝手に乗っちゃ駄目よ!階段を使って上の階や下の階に行っても駄目。必ずこの階から動かないこと!いい?3人共わかった?」
そう言い含めておいて、自分の買い物をするのだった。
でも、由美は母親と一緒に洋服を見て回ることの方が楽しかったし、明も女物の洋服を飽きずに眺めることが多かった。
「ねえ、明く~ん、由美ちゃ~ん、鬼ごっこしようよ~」
洋服に興味のない博臣だけは、2人を遊びに誘ったが、
「勝手にひとりで遊べば?」
というすげない由美の一言で撃沈させられていた。
由美たち親子と明が、婦人服売り場をあちこち歩きまわる後を、博臣は仕方なく付いて歩いていた。
そんな博臣にも、「大食堂に行く」という楽しみがあった。

お昼時に大食堂に行くと大混雑するので、博臣は由美のお母さんの買い物が早く終わるように、イライラしながら待つのが常だった。
ようやく食堂に行けるようになり、エレベーターに乗るのだが、3人ともエレベーターの仕組みをなかなか理解できなかった。
今、5階に居るエレベーターを3階に呼ぶためには、「↓」を押さなきゃ来ないんじゃないの?と毎回、悩んでしまうのだった。
実際には、最上階にある大食堂に行くためには、「↑」を押さなければいけないのだった。
ようやく大食堂に辿りつくと、3人は必ずショーケースの前にへばりつく。
文字通り、へばりつく
「おいしそう~!何食べようかな?」

由美の母親の良いところは、3人がそれぞれ違うものを注文しても怒らないところだ。
「それぞれ好きなもん、違うんやろ?好きな物、頼んだらええわ~」
と言うのだった。
これが博臣の母親だとこうなる。
「3人ともお子様ランチにしい!それぞれ違うもの頼むと、来る時間がちがってくるさけ」

博臣自身は、「お子様ランチ」でも少しも構わなかった。
チキンライスの上にのっている国旗が嬉しかったし、一度に好きな物を色々食べられるのも楽しかった。お皿には当時人気のあったTV番組のキャラクター「三匹の子ぶた ブーフーウー」の絵まで描いてあった。


ところが、明と由美はお子様ランチが嫌いだった。
2人とも、白いご飯でなければ口にできず、色のついたチキンライスは食べられなかったのだ。
結局、博臣の母親が折れて、
「もう、お子様ランチが嫌いなんて変わった子たちやね。じゃあ、違うもん頼んだらええ。そやけど、3人で相談して同じもん頼みや。そうせんと、別々に来てしまうからな」
と言うのだった。

この日、由美が、
「お母さん、私、アイスクリーム先食べたい!」
と頼んだ。
「いいよ。明君と博臣君は何がいい?」
由美の母親が事も無げに言うので、明と博臣は目を丸くした。
「ご飯の前にアイスクリーム、食べてもいいの?」
「別にどっちが先でもいいんじゃない?食べたいもの注文しなよ」
そう言って、由美の母親はにっこりと微笑むのだった。
「じゃあ僕、クリームソーダ!」

勢い込んで、博臣が頼んだ。
自分の親だと、まず許可されない禁断の飲み物だった。
何て、きれいな緑色!ソーダがシュワシュワしているし、それにアイスクリームとチェリーまで入っている!
ストローと長いスプーンを使って食べる、世界一素敵な飲み物だ!
3人の注文を聞くやいなや、由美の母親は販売機に食券を買いに行った。

クリームソーダが運ばれてくると博臣は、
「由美ちゃんもクリームソーダにすればいいのに。ほら、アイスクリームも入っているよ!」
自慢げにアピールしたものの、
「アイスクリームが解けてドロドロになるのが、汚くて嫌なの!」
と一蹴されてしまった。
「でも、ウエハースにだって、アイスがついて汚れているよ」
必死に反撃を試みるも、
「ウエハースはいいの!だってアイスクリームとウエハース、代わりばんこに食べなきゃいけないんだよ。ヒロ君の飲んでるクリームソーダにはアイスクリーム入っているけど、ウエハースは付いていないじゃない。アイスで舌が痺れて、味わかんなくなるよ! 」
「アイスクリームには、ウエハースが絶対必要だ!」という由美のこだわりの前に、博臣は一言も言い返せなくなってしまった。
「ほらほら、2人とも喧嘩していると、アイスクリーム溶けちゃうよ。さっさと食べなさい。あら、明君ありがとう。気が利くねえ」
プリンアラモードを注文した明だが、なかなか来ないので、その間にみんなの分のお茶を運んで来てくれたのだ。

由美の母親が一向に由美を叱らないので、博臣はちょっと不機嫌になってしまう。
博臣の母親は、たとえ友達の方が悪くても、まずは、博臣のことを叱るのだった。実際に、そうすることが良い事だと思っている節があった。
博臣は、由美たち親子の様子を見ながら、
「今だって由美ちゃんを叱らない。だから、由美ちゃん、あんなわがままになっちゃうんだよ」
とひそかに思っている。

デザートの後のメインディッシュも、それぞれ違うものを頼んだ。
由美はエビフライ、明はハンバーグ、そして、博臣はざる蕎麦にしてみた。大人たちが食べるのを見て前から食べてみたかったのだが、家ではOKが出なかったのだ。
しかし、つるつるして箸で食べるのは難しいし、正直、あまりおいしいとは思えなかった。
「いつものように、お子様ランチにすればよかったなあ」
と心の中で思ったものの、口に出すとまた由美に揶揄されるので何も言わなかった。

食べ終わったところで、屋上に上がる
大食堂から屋上まではたった一階分しかないので、階段を歩いて上がる。
階段の踊り場にあるジュースの自動販売機が、また楽しみなのだ。
台の上に乗っているガラス容器の中を、黄色い液体がシュワシュワと舞っている。
「あらあら、ジュースも飲むの?お腹大丈夫?」
3人とも、大好きなパインジュースだったら、どんなに食べたり飲んだりした後でも、いくらでも飲むことができた。
まず紙コップを別ケースから取って、扉を開けてセットする。次に、10円玉を挿入すると、黄色い液体がほどよい所まで注がれて止まる。
「魔法みたい!」と3人はいつも思う。「どうしてこぼれないんだろう?」
扉を開けて、大切に取り出す。
果汁なんか全然入ってないけれど、「パイナップルってこんな味なんだ」と信じて疑わなかった。

土曜日の午後遅く、半ドンで仕事を終えた両親に連れられた子どもたちで、デパートの屋上は賑わっている。
3人も由美の母親が買ってくれたチケットをもぎりのお兄さんに渡し、コーヒーカップや豆汽車に飛び乗って楽しんだ。

「見て見て!アドバルーン!」
明が上空を指さす。コーヒーカップでくるくる回りながら、3人はあんぐりと口を開けて空に漂うアドバルーンを眺めた。
当時、空にはしょっちゅうアドバルーンが上がっていた。
だから、人々はしょっちゅう空を見上げていた。まるで、この時代の勢いを象徴しているかのように。
好きな乗り物に一通り乗り終えて戻ったところ、この日、由美の母親はさらに素敵な提案をしてくれた。
「Qちゃんと一緒に写真を撮ってもらおうか?」
折しも、大人気の「オバケのQ太郎」と一緒に写真が撮れる撮影会が開かれていたのだった。
オバQは、ただのビニール製の人形だったが、3人はそんなことに関係なく、大はしゃぎで得意のシェーのポーズを決めた。

週末には、家族でデパートに出かける。それが、この時代の「幸せ」を象徴していた。

(続く)

(デザイン 野口千紘 / 編集・校正 伊藤万里)

*以下の方々に、写真・エピソード・情報・アドバイス等提供いただいて「遅れてきたGSは書き継いできています。ご協力に感謝してお名前を記させていただきます。(順不同)

安楽博文様、ふくひさまさひこ様、佐藤鉄太郎様、永友恵様、中村嘉伸様、市岡悦子様、伊東明江様、樋口晶の様、那須竜太朗様、宮本信一様、芝崎亜理様、森谷豊様、能崎純郎様、吉村雄希様

*この物語はフィクションです。実在するいかなる人物、団体等には一切関係がありません。

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