求ム!回答<お仕事小説>

ひと通りの質問が済む。
わたしを真ん中として、右に2人、左に2人が座っている。
履歴書の元はわたし、コピーは各々に予め渡しておいた。今日は臨時休業。
仕事に必要はないけども、スーツ姿で来ように言ってある。
皆々、どこか着こなしがギコチない。

「うわぁ、凄いですねぇ~っ。素晴らしい!これがユニバーサル仕様というものですよね!」
やたら店内を見廻しては、目を見張って大袈裟に感動したり、
「あの、ボクが作ったクッキーなんですけど」
袖の下を狙ってか、目が合った瞬間に差し出して来る者等々。
実に様々、面白い。採用面接に来るのも十人十色の、世の中だ。

亡兄が夫婦2人でやっていた、小さな店を継いで丸6年。
手作りケーキとクッキー、コーヒーが自慢の、喫茶店である。
「忠明さんが亡くなって、わたしも実家で色々あって。継いでくれると嬉しいんだけど、どうかしら?ねっ、歩実(あゆみ)ちゃん」
「うん。いいよ」
二つ返事で引き受けたのは、二十歳を迎えた夏。
こういう事もあろうかと高卒後の進路を、わたしは製菓学校にした。亡兄夫婦に子供がいない。義姉の親戚関係は、良く分からない。ならばいづれはと思ったわたしは偉かった。
加え、カンタンな経営学の本も読んでいたのだから、先見の明があったとも言えよう。流石、わたし。
就活する必要もない。
(らりほーっ!やったね!!)(ありがと!お兄ちゃん!)
ぐふふのふ。自然と下品な笑みが零れ落ちる。

いやはや、しかし。勢いだけでは、いかんわな。
現実を把握できないって、怖いね。めちゃくちゃ、ぐったりするだけの日々。
仕入れるコーヒー豆の名前すらが分からなければ、客のあしらい方も不十分。取引先との関係も謎とあっては、最初は良くてもつんのめる。意気揚々も、意気消沈と下って来る。
思えば、亡兄ほどわたしは人づきあいも良くない。やや気分屋で、直ぐ顔に出る。欠点がモロに響きまくってばかりいた。
最初の半年、1年ぐらいは、心身共に売り上げ共にガタガタだった。どうにかなるのに更にを要した。
何となくでも(やってゆける)。
自信がついたのは、意外と亡兄が遺しておいてくれたのと、義姉からの援助、近所の人達、友人・知人のお陰と、わたしの慣れである。
「雇おうっかな?人」自信がついた数か月後。
開店前に呟いたと同時に、返ってきた言葉を今でも忘れない。以降、わたしの経営哲学。経営理念の礎(いしづえ)だ。
「だったら聞いてみるといいよ、面接の時。<メリットは、何ですか?>って」
「えっ?」本気で彼氏にしようと考えていた、男友達だ。

県内で5指に入る、家具屋の息子。
二代目としての自覚、やる気と才能に.満ち溢れていた。一代でそこまで家業を成長させた彼の父、即ち初代社長は体調が良くなく、代替わりも遠くない。
元々、余り身体が丈夫でなかったにも拘わらずそこまでにした父親を、彼は尊敬しており、父親も彼が小学生の時から、後継者として見ていた。
時折、話して聞かせたと言う。
「面接の時に聞かなきゃいけないのは、メリットだぞ、メリット」
「シャンプー?」
「それもいいけど、面接の時、必ず聞けよ。出来る限り立ち会え。お前が直接、聞くんだ。<あなたを採用したとして、メリットは何だと思いますか?>って」
段々と真面目になる父親の表情に、彼も段々、真面目になった。
「多少は考えても、考え過ぎる奴はダメ。つまらん回答した出せないのも、ダメ。答えが出たら出たらで熟慮。良く考えに考え、決断する。必ず守るか、実行できるままで聞くと尚、いいな」
「スパイみたいじゃん」
「スパイか、あはは」
大口を開けて笑うのを見ながら、心の中でいつも
(何だそりゃ?会社の色に染まります、会社第一・一直線。会社にふれ伏し、跪(ひまざ)づいて足を舐めさせて下さい、って奴しか採用しねーよ、俺は)
決意を固めてばかりいた。
けど、今になると意味が良く分かる。

ゴローさんは、英語が出来た。
お兄さんが建築士で、弟さんが大工さん。店の改装等にいい。菓子職人としての腕も立つので、採用した。
英語を話すお客さんを安心して任せられる。
幸子(さちこ)ちゃんは、帰国子女。
英語は勿論、フランス語やイタリア語にも堪能だ。スペイン語にも不自由はせず、ドイツ語も「どうにかレベル」で話せるという。謙遜だろう。
ユニバーサルデザインとか、バリアフリーにも強い関心を持ち、面接の時に「これからの必需となります」。
キッパリ断言するのがカッコ良くて、採用した。心強い才女の登場だ。
実くんの、特技は手話。
そういうお客様を主に、ファンが多い。バリスタの免許を所有しており、県内のコーヒー関係者の間で、知らない人などまず、いない。
実家が養鶏場を営んでいるので、卵の仕入れ先に指定している。息子がお世話になっているからと、常々仕入れ価格も5%引きのありがたさ。
英語と中国語(広東語)も出来る。来世はイタリア人に生まれ変わり、超一流のバリスタになりたいそうだ。
昇くんは、新しく採用した子。
オランダ語と英語、フランス語に堪能で、菓子職人としても、バリスタとしても伸びる芽を持っている。
21歳だか30歳に見えるのは、少しおっとりとした雰囲気があるからか。
趣味はピアノ演奏と、バイオリン演奏。彼の演奏した様々な曲目のカセットを月に1,2回、店内に流している。

そういうものを求めている。その手のモノを欲している。
「あなたが採用されたとしたら、我々にとってのメリットは何だと思いますか?」おもむろに聞くわたし。他の4人も注目をする。
「えっ?」
採用希望者は、まず煮詰まる。
「えっとぉ、、、あのぉ」
数秒後、考えに考え、やっと導き出される。口から出されるのがコレだ。
「美味しいお菓子と、美味しいコーヒーメニューが増える事です」

(はぁ~っ)
我々は、ガッカリするばかりだ。
「お疲れ様でした。結果は一週間後に、ご縁があれば電話で連絡しますから。気をつけてお帰り下さい」
見送る声に気力がない。
そして、我々だけとなった店内で、わたしは繰り返す。
「このメンバーで、忙しいけど頑張ろう」
「そうね」「そうですね」
脱力しつつ、他の4人も頷くのだ。
                               <了>

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