花の平凡組<お仕事小説>

今しかないからと、ドタバタ社長が出社した。
30分後には新幹線というのに、忙(せわ)しいお人だ。
が、少しでも時間があれば、直に社員に触れあいたい。
会社の様子、雰囲気を肌で感じ取りたいと公言しているお人である。
出張前のちょい出社、なのであろう。


「用意してある?菅ちゃん」「ええ」
社長のデスクに、アツアツのカプチーノをマグカップに並々と。
来春入社予定10名の履歴書(コピー)を重ねて中央に。
「ありがとう」
ニコッと笑い椅子に座り、口元にマグカップを寄せる。ゴクゴク飲み進めながら、履歴書を様々な角度から見る。声を掛けてはいけない。
社長が何かを言うまで、秘書は黙って見守るのがいい。

社長のお兄様。
先代の社長の時代、出版業は沈没業と言われた。
電子書籍が何かと持ち上げられ、幅を利かせてばかりいた。特に紙のみしか出版しない我が社のようなのは、論外だ。
「時代遅れ」
「バッカじゃない?」
「どうかしている」
頭文字で名指しされ、「倒産寸前、ダメ会社」。
業界紙に書かれたのも1度や2度の経験ではない。
「まぁ、そんな事もあるさ」
「その内、何とかなるだろう」
青い顔で、力なく感想を漏らされていた。けど、苦しまれていたのだろう。
創業当初からのメンバー、苦楽を共にしてきたわたしにさえ先代様は、一言も相談なく、自殺されてしまった。
遺書によって、今の社長。妹の登茂子(ともこ)様が就任。
<意志の強い奴>
<イザと言う時、強運な奴>
<俺とは顔も似ていないし、性格も違うから最初は大変かも知れないが、支えてやって欲しい>
自筆に声を詰まらせたのが、つい先日の事のように思い出される。

<~強運な奴>流石、お兄様ならではの見解だ。
二代目社長就任少し前から、世の風潮が変わって来た。<電子書籍=視力に響く。目が悪くなる。通信費用が勿体ない>
原点に返りましょう、本は紙で読みましょうと、仕切りに言われ来だした。
その風に自然と便乗。
段々業績も上がると共に、純益も上昇。
社長のアイデアでお試し的に出してみた「ユニバーサル版」。
<1歳児から、100歳まで。障害のある人も、ない人も>をコンセプトに、印刷会社と共同開発した新しい版型が大評判。アチコチに社長は呼ばれ、動き廻っては、にこやかに帰って来る。

口の周りをカプチーノ色に染め、頬杖をついていた社長が、ぷっと笑う。
「何かねぇ、菅ちゃん。来春の新人達って」「はい」。
答えながらも、時計を見る。間に合うだろうか?後、15分しかない。
「伊藤が2人に佐藤に田中に後藤、中村、佐々木と平凡な姓字(みよじ)ばかりじゃないの。名前も太郎に武彦、和美に雅美、武志。目鼻はみんな賢そう。だけど<花の平凡組>だわ」
「花の平凡組、ですかぁ~っ」
思わずわたしも噴き出してしまった。と、机上の置時計を社長は見る。
「あっ。3日後に帰ります。その間を宜しく」
バタバタと小走りに急ぐ。
「あっ、社長、社長!」「ん?」首だけでわたしを見る。
「お口の廻り、ヘンですよ。口紅の色も個性が過ぎます」
「何が?」「カプチーノの色が見事に混ざっています」
「あっ、後で後で。新幹線の中で必ず落とすから」
更に社長は、スピードを上げた。

<了>

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?