我が家の食卓
一緒に住み始めた当初、彼に
「俺は毎日牛丼でも生きていける、それくらい食にこだわりがない。」
そう言われて、一緒に住んでいけるだろうかと不安になった。
その言葉は私が毎日ご飯をつくるのをねぎらう、彼なりの優しさだったのだが、
「え、じゃあ私の作るご飯ってなんなの?」
という密やかな不信感も私に植え付けた。
一緒に住み始めてすぐということもあって、
彼にはおいしくて健康なものをお腹いっぱい食べて欲しいという気持ちで
わくわくしていた。
自分でも乙女心というのは本当に難しいなと思うのだが、
優しさでさえも恋に水をさすことはよくある。
*
健康で美味しいご飯をつくることは、私の中では愛の象徴のようなものだった。
その代名詞は実家で同居していた祖母で、
とにかく野菜がたくさん入った料理を毎日作ってくれた。
自分で買い物から料理までやるようになってからわかるようになった。
野菜がたくさん入った料理って想像以上に手間がかかる。
野菜はカサがあるから買い物は大変になるし、
いろいろ野菜をいれることは、その分カットが必要になる。
特にわたしは人一倍めんどくさがりなので、
それは自分にとっては愛ゆえに、できることなのだ。
祖母は長年専業主婦だった。
だからこそ毎日できる、ということもあったのかもしれないが、
彼女としてもおそらく健康で美味しいご飯は、愛そのものの形だったと思う。
いくら専業主婦とはいえ、
買い物行きたくない、ご飯作りたくない、何もしたくない、
そんな気持ちがなくなるわけではないだろう。
やはり毎日手間のかかるご飯を作ること自体が愛ゆえ、
そして責任に似た、愛がためだった。
愛。そんな響きにふさわしく、祖母の料理はなんだろうとおいしい。
実家に帰るたび、帰り際に毎回持たせてくれる、揚げ物もシチューも、私の料理とは違う味で、飛ぶようになくなってしまう。
*
そういえば、子どもの時に
とにかく牛丼チェーンやフランチャイズチェーンに行きたい時期があった。
実家は祖母のおかげもあり、野菜中心の一汁三菜、和食中心の食卓だったので、
「丼」という概念はなく。
子どもの舌は、一汁三菜の苦労も美味しさも、まだわからなかったのだ。
牛丼が食べたいというと、祖母は顔をくしゃっとしかめてみせた。
「そんなものを食べたがるなんて嫌な子ね」
「体に悪いよ」
そういう意味だと思っていたが、
「え、私の料理ってなんなの?」という愛に水を刺されたような気持ちもあったのだろうと気がつく。
わたしと同じ。
「毎日牛丼でもいい」
という彼の言葉は、
「君の料理はおいしいよ。
だけど、毎日作るのは大変じゃない?
たまにコンビニとか牛丼とか、外食だって別に構わないよ。
俺は毎日作ってくれなくても大丈夫だよ」
という、気遣いの要約だ。
(少々略しすぎでは?ともおもうのだが)
だから、純粋に牛丼が食べたいのだ、という、
純粋な小学生のころのわたしとは違う。
優しさや純粋さを、別のものに掛け違えてしまう、
愛ならではの仕掛けが同じだけで。
*
最近の私はというと、料理で楽をすることを考えている。
毎日品数多い食事は作ってあげたい気持ちは今でもあるが、
自分の体力やめんどくささとの塩梅で、「いいかんじ」の食事ができればそれでいいやと思っている。
鶏肉と冷蔵庫で眠りかけの野菜を呼び起こして
無水調理のできる鉄鍋にぶち込む。
適当にスパイスを入れて、あとは弱火で放置するという、いいかんじの料理。
最初こそ「ご馳走」のポジションだったその名もなき料理は、
いまは「定番」になった。
この名もなき料理を、週に1,2回作っていて、
流石に頻度多いなと思っていた。
飽きるかな、流石に違う味のもの作ってあげたいかも、と。
すると彼が鶏肉を食べながら、ご満悦な顔で
「俺は毎日これでいいよ」と言った。
これは飽きないタイプの美味しい料理だね、とも。
彼が同棲当初に言った、「食にこだわりがない」というのはきっと嘘なのだ。
嘘というか、彼自身が勘違いしている。
彼は、なんかちょっと違うなと思ったら
「もうちょい〇〇のほうがいい」
とかいうし、料理に入っている見慣れないキノコや葉物は、
「これってエリンギ?」「これって小松菜?」とか聞いてくる。
(そしてキノコと葉物の分類は大抵間違っている)
健康的な食事を好むし、ファストフードやラーメンをお腹いっぱい食べた時は、
大丈夫そ?と主張する、にわかせんべいみたいな目元になる。
その彼が、ニコニコしながらこれでいい、というのだから。
『うまいし、健康だし、君も楽だし、それが一番俺はハッピーだよ。』
そんな気持ちが見えて、にこにこしてしまった。
毎日作れる素朴な料理。
記念日の献立になるような豪華な料理。
色々な料理をこれからも繰り返し作っていくだろう。
その度に、
私の愛情と、あなたの優しさを互いに噛み締める献立に、何度でも乾杯しよう。
素晴らしき日常を酒のつまみに添えて。
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