下町のメンタリスト

酒焼けしたドス黒い痩せ顔に薄笑いを貼付た男が、軽妙なトークで
通行人に声をかけて商品の試食を促している。年の頃は60歳前半。
プチサイズの商品が試食出来るシステムが受け、結構繁盛している洋菓子屋の名物支店長だ。
この支店長はとにかく人を怒らす天才だ。試食品を並べているくせに、
明らかに買う気の無い、試食のみの通行人には辛辣な言葉を浴びせるからだ。
面子を潰された者たちが店の軒先で何十分も怒鳴り散らしている間、
支店長は相変わらずニヤニヤ薄笑いを浮かべて全く意に介さない。
そして皆同様に、本社にクレームを入れてやるとの捨て台詞を吐いて
肩を怒らせて帰っていくのだ。
そのくせ顔見知りの私には、賞味期限切れかけの商品ではあるが、
大量の洋菓子を気前よくプレゼントしてくれる。
甘いものが苦手な私は、その度に、いくつものプラスティックバッグを
提げて知人宅を何件も廻る破目となる。

聞けば、この支店長のひと月の労働時間は300時間を超えるそうだ。
明らかに労働基準法違反の勤務形態だが、驚くべきはその内の100時間がサービス残業であることだ。そしてこのような勤務形態を取っているのは、この洋菓子店では支店長のみだそうだ。普通は、こんな話を聞けば大変な職場だと同情したりするものだが、私の思いは少し違った。

ある日、仕事帰りの私を見つけた支店長が、店から飛び出して開口一番こう言い放った。
「〇〇〇、地震で全滅やでぇ!」「外国人観光客が来なくなるわぁ!!」「売上落ちて大損や!!!」

この男は、人が何十人も亡くなった自然災害を何と思っているのか。
強い憤りを覚えた私は支店長にこう言った。

「売上、売上と言っても全部あんたの飲み代やろ!!」

図星だったようだ。支店長はドス黒い顔をより黒くして店の中へと駆け込んだ。
私が支店長を見たのは、この日が最後であった。

何の物的証拠も無いが、私はこの支店長が店の売上金を横領していると確信していた。

その理由はこうだ。

経営者側から請われても無いのに、長時間職場に居るのは横領する人間の典型的な特徴であること。
私に大量の洋菓子を渡した際、商品の数や種類を全く気にしなかったこと。

おそらく本社には、試食目的でくる質の悪い輩が多いと報告しているのだろう。
実際あれだけ頻繁に人を怒らせていれば、何人かは本社にクレームを入れている筈だ。
これだと経営者側が、この支店が商品納入額に比べて売り上げが低い原因は質の悪い試食集団のせいだと信じ易い環境を作っていたのだ。

この狡猾な支店長が横領した金はざっと月40万円弱。

全ては憶測でしかないが。

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