下町のメンタリスト 見えない男 完結編
真新しいAIR MAXに履き替えてから、ほどなくして旦那さんが店に戻ってきた。
私は挨拶もそこそこに話を切り出した。まず商店街を闇雲に探さず、
この近辺にある更生施設を朝から見張ることを勧めた。
男は一か月前に突然現れた。法律に明るい。いつも無地の同じ服を着ている。
このことから私は、男は最近刑務所を出所して、更生施設に入所している人物だと仮定した。
こういう輩は施設で朝食後、すぐに商店街か携帯ショップに出かけるであろう。
時間はあるが金のない彼が無料で楽しめるのは、多少の無礼は笑って許してくれる女性店員との戯れの会話だけなのだから。
しかし身持ちの固い奥さんが、客でもないこの男との会話を拒んだため、
大声で喚き踊るという奇行に至ったのだろうと推測出来る。
更生施設に出入りする者から、男の特徴に合致した人物が割り出せたら、
地域選出の市会議員に陳情して、更生施設と警察署生活安全課双方から男に注意を促してもらうのだ。
商店街役員である旦那さんは、市会議員とは慶弔事で席を共にする機会が多く面識はある。
奥さんを凶行に走らせたく無い一心の旦那さんは、これらにすぐ取り掛かった。
数日後、その後の経過が気になった私は、再びこの靴店に訪れた。
その日は夫婦揃って出迎えてくれた。
前回と違い、頬をうっすらと赤らめながら話しかけてくる
奥さんを見て事態が好転しているのが分かった。
購入したAIR MAXは足に馴染まず指が少々窮屈であったが、
そのことには敢えて触れ無かった。
あの後、旦那さんは、すぐに面識のある市会議員のもとに出向き事態の説明をしたところ、
その議員は大層憤慨し、その場ですぐに更生施設に電話を入れたそうだ。
入所時期や風体からすぐに該当する男が見つかり、本人に問い質すと素直に非を認め、二度と靴店には近づかないと約束したそうだ。
更に一日に一回警察官も巡回に来るとのことで、いささか拍子抜けであるが、この靴店夫婦の抱えた不安は解消したようだ。
しかし
何の物的証拠も無いが、
私はこの男の行動が今後増々エスカレートし、
いずれ重大な事件を引き起こすと確信していた。
いかなる理由からか、この『見えない男』は同性である『男』を異常に恐れている。
身長160センチの小柄な男が、さらに背中を丸め、目線を下げて道の端を歩く。
これでは、店の軒先で喚き散らした異常者を捜していた、旦那さんには絶対に見つけられないだろう。
おそらくは大柄な父親から恐ろしいほどの、肉体的・精神的虐待を受けたのだろう。
長期に渡る虐待によって生じた劣等感は、強烈な差別意識となって精神の奥底に刷り込まれる。
小柄な男にとって差別の対象は、自分よりも遥かに華奢で脆い存在である女性である筈だ。
そう、『見えない男』 は、婦女暴行の常習者である可能性が大なのだ。
奥さんに執拗に繰り返した嫌がらせから分かるように、自分を拒否された時に現出する異常性は捨てては置けない。
今度は私が、この男にとって『見えない男』となろう。
何も特別な事をする必要は無い。
全ては憶測に過ぎないのだから。
ご支援賜れば、とても喜びます。 そして、どんどん創作するでしょう。たぶn