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季節はめぐり - 第十二話

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 夢。
 夜の遊園地。アトラクションの鮮やかなライトがあたりを明るく照らしている。私は誰か、たぶん私の好きな人に手を引かれて観覧車に乗り込んだ。高いところは苦手だけど、その人と一緒なら乗りたいと思えた。ゴンドラが高くあがり、遊園地と、その向こうにある街の夜景が見下ろせるようになり、その人は歓声をあげる。跳ねるように私の隣に移ってきて、綺麗だね、と言いながら微笑む。

 この人は、誰だっけ。

 顔がよく思い出せない。知っている人だったはずなのに、見覚えが無い。

 次に感じるのは、違和感。どこかの部屋で寝ている。
 けど、いつも使っている煎餅みたいな敷布団じゃなくて、ふかふかのベッドと掛け布団。私の好みじゃない白色のシーツ。慣れていない柔らかめの枕。甘い花の香り。ここは、私の部屋じゃない。

「あきもと、さん」

 無意識に名前を口にして、自分の声で意識がはっきりとしてくる。

 布団から顔を出して、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めた。電気がついていないワンルーム。ローテーブルの上は惣菜のごみと空き缶が隅にきちんとまとめて片づけられている。その様子を確認して、ようやく、昨日の記憶がよみがえってくる。

「秋本さん?」

 もう一度、今度ははっきりと呼びかけてみる。返事はない。トイレやキッチンにも人の気配は無い。体を起こすと、こめかみに微かな痛みが走った。
 やっぱり、部屋の中に人の気配は無い。先にお店に行ったのかな。ぼんやりと考える。

 昨日のことはもちろん夢じゃなくて、この部屋で飲んでたことも、ベッドの上で起こったことも、全部、本当のこと、のはず。
 秋本さん、きっと怒ってるに違いない。私がしたこと、言ったこと、しなかったこと。普通に嫌われてもおかしくない行動。
 どんな顔をして接するべきか、不安に駆られるのと同時に、玄関の鍵ががちゃりと開く音がした。続いてドアが開く音がして、廊下を歩く足音、そして、秋本さんが部屋の中に入ってくる。

「先輩。起きました?」

 まるで昨日のことなんて何ひとつ覚えていないかのような笑顔だった。私はさっと起き上がって、ベッドから足を出す。

「ほんっとごめん、寝落ちしてた」
「いえいえ、私もそのまま寝ちゃってましたし。朝ごはん買ってきましたよ」

 そう言ってコンビニの袋から、インスタントみそ汁のカップが二つと、おにぎりが四つほど取り出される。

「お金、後で渡すから」
「いいですよ。先輩の寝顔写真ゲットしたので、それで」
「は、え、何それ、いつの間に? 聞いてないけど」
「今言いましたから。お湯沸かしますね」

 悪戯っぽく笑った秋本さんは電気ケトルを手に取った。非常に気になる発言だったけど、追及するタイミングを逃してしまった。とりあえずベッドから降りてローテーブルの前に座り、カップみそ汁のフィルムを外していく。

「オーナーには電話しておきました。二人とも少し遅れるって」
「あの店、私たち居ないと開けれないんじゃない」
「ええ、だから今日はオープン遅らせるかーって言ってましたよ」
「自由すぎるでしょ」

 少し間があって、秋本さんはくすりと笑った。

「何?」
「いえ、先輩、やっと普通に喋ってくれるようになったなーって思って」

 面と向かってそう言われると、逆に喋りすぎているように思えて恥ずかしくなり、つい黙り込んでしまう。でも、昨日のアルコールでぐちゃぐちゃになっていた感じとは違って、今は心の関所がちゃんと働いている、と思う。それでも、秋本さんに対しては、自然と制限が緩くなったというか、言いたいことをきちんと言えているような、そんな気持ちがする。

 秋本さんは鼻歌交じりにインスタントみそ汁にお湯を入れて、ひとつを私の前に置いた。私が長ねぎ、秋本さんのは秋なす。秋本さんは茄子が好きなのかもしれない。
 いただきます、と二人で手を合わせたあと、同時にみそ汁をすする。

「秋本さん、その、昨日のこと」

 私が切り出すと、秋本さんは明太子のおにぎりを取ろうと伸ばしかけていた手を止めた。

「ごめんなさい。本当に。自分のわがままをぶつけて、困らせたし、秋本さんのこと、すごく傷つけたと思う」
「いえ。私も思わせぶりなことばっかりしてしまったので、お互い様です」

 すみませんでした、と秋本さんが頭を下げる。私も合わせて頭を下げる。頭を上げたら目が合って、同時に笑い合って、さっきよりは緊張が解けた空気の中、おにぎりを手に取った。

「それに、先輩のせいじゃないですから」

 おにぎりを頬張りながら秋本さんが言う。

「先輩は、普通に生きてきただけ。誰かと出会って、別れて、また出会って、今、ここにいる。正解とか間違いとかはなくて、先輩らしく生きている、それだけなんです。だから、先輩は悪くないです」

 優しい声色なのにはっきりとした口調の言葉が、思わず私の心に刺さってじわりと熱を持つ。ただ、生きているだけ。私にも、そして自分自身にも言い聞かせるかのような言葉。ありがとう、と言うのも変な気がするし、かといって何か言葉を添えると余計な一言になってしまいそうで、私はただ、うん、とだけ返事した。

「そういえば、昨日も言いましたけど」

 さらに秋本さんが言葉を切り出す。

「真衣でいいです。というか、真衣って呼んでください」

 心の中で一度、声を出さずに呼んでみる。真衣。
 やっぱり、呼び慣れない。たぶん、私はこの子を真衣と呼んだことは無い。だけど、昨日までに比べたら真衣と呼ぶことの抵抗が薄れていて、今なら声に出して呼べる気がした。

「真衣」

 その名前を口にすると、真衣はくすぐったそうに笑いながら、はい、と返事をした。

 五年ぶりの約束をようやく果たせて、ほっとする。

「先輩も、悠月さんって呼んでいいですか」

 少し考えて、言おうかどうか迷ったけど、伝えてみる。

「むしろ、そう呼んでくれると嬉しい、かな」

 私が言うと、真衣は心底幸せそうに口角を上げて、悠月さん、と声を出した。少しくすぐったいけど、幸せそうな真衣を見たら言って良かったと心から思えた。


 ▼第十三話

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